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必見! 濱口竜介『ハッピーアワー』(上)

あっという間の5時間17分

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

ハッピーアワー拡大『ハッピーアワー』

4人の女性の人生模様

 ケーブルカーがトンネルを抜けて六甲山を登って行く。

 遠景に神戸の街が見えてくる。

 何かを喋っている、ケーブルカーの座席に横一列に並んだ4人の女性。

 昼の柔らかな自然光が差して画面の明るさが増す――そんな印象深いシーンで始まり、ゆっくりと立ち上がってくるドラマが、しだいに鋭い緊張をはらんでゆく『ハッピーアワー』の展開に、私たちは否応なく引き込まれ、5時間17分のあいだスクリーンから目が離せなくなくなる。

 37歳の濱口竜介監督が、市民参加による「即興演技ワークショップ in Kobe」を出発点に、演技経験のない4人の女性を起用して撮り上げた傑作である(3部構成)。

 描かれるのは、“惑いの季節”を生きる、30代後半を迎えたくだんの4人の女性の人生模様だが、それが他人事とは思えない切実さで見る者に迫ってくる。

 その点にこの映画の、鮮烈な未視感がある(しかも後述のとおり、この映画の放つ訴求力は、人物の心の揺れをさまざまな微妙なニュアンスでつかまえる、いわば“濱口マジック”とも呼ぶべきユニークな演出法によっている)。

 そして『ハッピーアワー』では、それぞれの個(別)性が鮮やかに描き分けられる4人が同時に登場するパートのほか、彼女らのうちの1人、ないしは2人だけがフォーカスされるパートもある。

多焦点的なドラマ

 したがって本作は、彼女らの関係性の機微を描くドラマであると同時に、

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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