ダニエル・ゴールマン 著 土屋京子 訳
2016年03月03日
LINEこそしていないものの、メールやツイッター、Yahoo!ニュース等々、絶えずスマホが気になってしかたない。「これを仕上げるまでは、スマホをチェックしない」と決心しないと、メール1通書き上げられない体たらく。
そんな明らかにスマホ依存症の私が手にとった本書。
『フォーカス』(ダニエル・ゴールマン 著 土屋京子 訳 日本経済新聞出版社)
注意散漫と集中力欠如を解消し、仕事の効率がグンと上がり、人生の残り時間を有意義に謳歌するノウハウが満載に違いない。
……とすがるような思いで読んだ本書は、理解・記憶その他人間のあらゆる知的活動に内在する「注意力」に着目し、その働きを最新の研究成果を踏まえて解説。
さらに「集中力」を、人間にとって最も重要な能力の一つであるとして、「自己への集中」(自己認識)、「他者への集中」(共感)、「外界への集中」(システム思考)の三つに分けて解説する。
認知科学の啓蒙書と自己啓発書とビジネス書のハイブリッドのような本だ。
残念ながら、本書に、私が期待していた答えはなかった。
代わりに得たのは、「これはもうしょうがない」という、ある種の諦めと開き直りだ。
著者によれば、「集中」とは、次々に襲ってくる刺激を無視して、一つの目標だけに選択的に注意を傾ける能力である。
ポイントは、このような注意力は「有限」であるということ。排除しなければならない刺激が多いと、注意力はそこで使われてしまって、目標に向けられる分が少なくなる。
注意は、いろいろな対象に「分散」することができない、とも著者は言う。
「注意というのは風船をふくらますように大きくして同時並行的に使えるものではなく、決まった細いパイプラインを選択的に使うようなものらしい。注意を『分散』できるように見えるのは、実際にはパイプラインをすばやく切り替えているのである。しょっちゅう切り替えていると、一つのことに全面的な注意を注ぐ能力が落ちてくる」
現在、特に意識も高くなく無防備に生活していると、周囲はあっという間にデジタル機器ばかりになり、ありとあらゆる大量の刺激(メールとかニュースとか、欲望をそそる数多の情報とか)に晒される。
それらの誘惑を断ちきって、一つのことにじっくり集中するなんていうことが、そもそも無理なのだ。
なぜって、それは人の脳のキャパをはるかに超えているから。私の意志が弱いからじゃない。スマホ依存にだって、なって当然だ。
……などということは、著者はもちろん、言っていない。注意力や集中力は、筋トレをするように鍛えられると述べて、ちゃんと解決策も提示している。
それが、いま流行りの「マインドフルネス」。本書での「マインドフルネス」は、ほぼ「瞑想」と同義だ。
「ほとんどすべての瞑想は注意の習慣(とくに、気が散りやすいという癖)を見直すことにつながる。集中の瞑想、慈悲の瞑想、開かれた意識の瞑想、という三種類の瞑想を試してみたところ、どれもマインド・ワンダリング(心の徘徊)をつかさどる領域を沈静化させることがわかった」
ただ、私は、なんだか軽く浅く思えて、著者のこのマインドフルネス信仰には、少し懐疑的だ。
そして、マインドフルネスに本当にそのような効果があったとしても、それを身につけるのは、グーグルに勤めているような(「マインドフルネス」はグーグルの研修に採用されたことで、一躍有名になった)、一部の層だけ。圧倒的多数の普通の人々にとっては、ますますの注意散漫と集中力低下の状態がデフォルトになっていく。
本書全体から見たら、ささやかな二つのエピソードが、書籍編集者の私には強く印象に残った。
長年、授業で『ギリシャ神話』を教えてきた、ある中学の教師が、「最近は成績の優秀な生徒たちでも、この本に夢中にならない。本が難しすぎる、一ページ読むのに時間がかかりすぎる」と言う。
また、ある大学教授は、「尊敬するフランソワ・トリュフォーの伝記を一度に二ページ以上読めない」と嘆く。
これはもう不可逆的だ。今後、質量ともに読み応えのある本が、今より多くの人に読まれるようになることは、もうない。
「コンテンツ」で商売していくなら、人は、「絶えずあちこちに気が散っていて、けっして一つのことに集中しない」ことをデフォルトにして、やっていくしかない。
欲しかった答えはなかったけれど、これまでボンヤリと思っていたこと(直視するのを避けていたこと?)について、腹を括らせてくれるという、思わぬ展開になった1冊なのでした。
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。
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