廣瀬純 著
2016年03月24日
本書を読むまであまり意識しなかったのだが、世界でこの数年に澎湃(ほうはい)として湧き上がった怒れる若者たちのデモは、スペインを最初の震源としていたそうだ。
『資本の専制、奴隷の叛逆――「南欧」先鋭思想家8人に訊くヨーロッパ情勢徹底分析』(廣瀬純 著 航思社)
日本においても安保法案に反対する国会前デモやSEALDsの運動は、世界の潮流から見て、地続きにあるといっていいだろう。
本書は、廣瀬純・龍谷大教授(映画論、現代思想)による南欧の思想家8人へのインタビューと、彼らの論文が収められている。
いずれも直近の情勢を論じており、いわゆる「ヨーロッパの危機」の本質に迫った議論が展開されている。
スペイン・ボローニャ大の政治学者サンドロ・メッザードラらの区分では、現在のヨーロッパ諸国は4つのグループに分けられるという。
経済的主導権を握るドイツとその衛星国、東欧の貧困国、スペインやギリシャなど南欧の債務国、そしてフランスだという。
ギリシャ経済危機において、ドイツを筆頭とした「勝ち組」のヨーロッパから緊縮財政が厳しく要求されたことは記憶に新しい。しかし、ギリシャのシリザ(急進左派連合)のツィブラス政権は、国民投票に問い、ギリシャ国民は緊縮政策を拒否した。
メッザードラによると、南欧の政治で起きていることは「危機の<政治化>」だという。
ギリシャに限らず、南欧では左派の政治勢力が躍進している。スペインでは15M運動が源流の左派政党「ポデモス」が昨年(2015年)の総選挙では69議席を獲得し第3勢力を占めることになった。
グローバル金融資本に基づく「ドイツ的ヨーロッパ」に対して、南欧などの異議申し立てが<政治化>として立ち現れたということだ。ヨーロッパ内部の南北格差が欧州共同体の理想だった「平等」と「熟議」を揺るがしている。
財政危機の際、ドイツの世論からはギリシャ国民に「借金を返さない怠け者たち」という心ない攻撃があったというが、本書の論者たちの分析によれば、世界中で起きているグローバル経済下での構造的な格差の問題だということは明らかだ。
まがりなりにも再配分を堅持してきたヨーロッパが、最近のわずか数年の間に危機が急速に高まっていることが本書からよく分かる。
印象的だったのは、ドイツを批判しながらも、反ドイツの感情に流されまいとする知識人たちの姿勢だ。
イタリア出身の哲学者フランコ・ベラルディは、他国への嫌悪は国家ナショナリズムを生み、さらにはファシストを生むだけだと危惧する。
金融危機のすぐ後に難民問題が続き、ヨーロッパの政治は左派の伸張の一方で極右勢力の台頭が進行している。フランスでは国民戦線、イタリアでは北部同盟といった反移民、民族主義的な右派が議会での議席を増やしている。
スペインの哲学者ラウル・サンチェス=セディージョは、ナショナリズム的な幻想と訣別して「ヨーロッパ規模で政治的主体を構築する必要がある」と強調。
セディージョは、ポデモスのメディアを駆使するポピュリズム性や、旧来左翼的な垂直型の組織に反感を抱きつつも、ポデモスに投票すると言う。
極右勢力を阻み、ヨーロッパという価値を守るための「囲碁戦」(セディージョ)をしなければならないという複雑な政治状況が見えてくる。
また、論者たちが急進左翼の立場をとりながら「左翼は死んだ」と言い、「これから先のことは本当にわからない」と率直に語っていることに、知識人の苦悩と混乱がにじんでいる。
思えばヨーロッパでいま起きていることは世界で同時進行していることと通底している。アメリカ大統領選では差別発言で人気を得るトランプがいる一方で、社会主義者を標榜するサンダースが若者の支持を集めている。
「怒り」が一方に振れれば国家主義、排外主義の右派となり、もう一方に振れれば反グローバル主義、再配分主義の左派になる。怒りが充満し、深刻な分断が進んでいることだけは間違いない。
しかし南欧の知識人たちが「ヨーロッパ」という普遍主義にまだ希望を持っていることを本書で知り、考えさせられることは多かった。
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。
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