キース・ベロニーズ 著 渡辺正 訳
2016年04月15日
ちょっと、食指がのびにくい装丁(特にメインの書体は、私が編集担当なら上からの命令でも拒みたいです)。しかし、内容はとてもよい。
『レア RARE――希少金属の知っておきたい16話』(キース・ベロニーズ 著 渡辺正 訳 化学同人)
この世代らしさは、SF映画やゲームへの言及に現れる。ただし、慎ましい修辞や必然性のある付言であって、いわゆるオタクの書き手が虚構世界とのアナロジーで書きなぐったようなトンデモ本ではない。
副題も苦心の意訳でしょうが、安直な「図解」実用本とかを連想させそうで、残念(実際はカラー口絵8頁で図版なし。潔い)。
むしろ本書は、「レアメタル」(正しくは「レアアース/希土類」)と呼ばれる17の元素をめぐって、国際政治経済の深層に触れる啓蒙書といっていい(原書は2015年刊)。
また、「16」は章の数。採り上げた話題の数ではない。レアメタルは17あるから17章でよいのでは、ということでもない。発見と争奪の苛酷な歴史、利便性と危険性が不即不離の科学の現実が、それぞれ絡み合いながら綴られていく。つまり、「17以上」の興奮がつまっています。
4章までは、私のような化学苦手の読者に向けて、金属の特徴と役割を概説する入門編。理系読者なら周知の内容でしょう。でも「レア」とは、「埋蔵量が少ない」意味ではないことが、実に重要。
17元素の大半は銅や亜鉛並みに地殻に存在するが、含有量は鉱石ごとに違い、単独に取り出すこと(単離)は困難。しかも20世紀後半以降、《産業のビタミン》として需要が高まり続けている。だから「品薄になりやすく」「レア」なのだという基本的な知識を、情理に訴えながら説く。いわく、「儲けが命の私企業は……国益を守るとかの甘ったるい愛国心で仕事はしない」。
5章から8章は、両大戦や米ソ冷戦下のレアメタル活用の歴史。いわば応用編。
もちろん、核開発についても言及される。「使用ずみ燃料からウランやプルトニウムを回収するには、大量の強酸と発がん性の溶媒を使う」。また、原子炉内で生まれる元素と、その同位体の説明もわかりやすい(炭素年代測定も理解しやすい)。
多くの日本人がこの5年間で思い知らされた「半減期」の意味も説かれる。期間によって、毒にも薬にもなることも。半減期368日の「ルテニウム106」は「同位体の出す低エネルギー放射線を、悪性メラノーマなど、がんの放射線治療用に使う」。
9章から12章は、世界の9割以上のレアメタルの産業化に成功した中国や、アフガニスタンに進攻した米ソの真意(希少金属調査のため、地質学者が軍に同行)などが語られる。本書の最大の読みどころかも。
特に中国については、毛沢東と鄧小平の政争まで遡り、膨大な人口(ゆえの低廉な人件費)を注ぎ込んだ、内モンゴルの大鉱脈の開発を描く。その結果、水源を汚染された稲作地帯で鉛の血中濃度の高い児童が増え、また(レアとそれ以外の)金属を求め、廃棄物あさりが常態化。貧困層にとって、劣悪な汚染物質と接する「採鉱」しか換金手段がないという。
さらに、コンゴ民主共和国(旧ザイール)の資源争奪。20世紀前半も石油開発による途上国の悲劇は各地であったが、1990年代から今世紀にかけて、欧米やアフリカの隣国が関わった凄惨な第二次コンゴ戦争こそ、いま、あなたや私の手もとにあるスマホと、直結する話。
なぜなら、コンゴ民主共和国にはタンタル鉱石が多数ある。タンタルは「表面に安定な酸化膜ができ」、その性質は「高性能コンデンサー(キャパシタ)の素材」になり、モバイル機器の小型化と高速化に不可欠の金属だから。もちろんコンゴの児童にも、中国内モンゴルと同様の危険が待っている。
本書は15、16章では、ウランやプルトニウムとは別の物質(トリウム)による原発や、南極、グリーンランド、太平洋など、開発途上の「未知の鉱脈」の可能性も述べている。
これらも無視できないが、日本についての2つの言及が、やはり注目だ。
まず、中国との長い交流、近現代の戦争を指摘したうえで、尖閣諸島をめぐる「海底採鉱」の日本の意図が示される。続いて、月、火星の「領有権」(資源開発目的)の延長としての、小惑星からの採鉱計画が論じられる。
2010年に帰還した探査機「はやぶさ」に、多くの日本人は、1970年のアポロ13号の快挙以上の賛辞を贈ったが、アポロ13の《Successful failure》の後に生まれた米国のサイエンス・ライターは、「はやぶさ」の失敗と成功を冷静に分析する。そして、今後の「はやぶさ」計画に、おそらくあなたや私以上に、関心を持っているのだ。
本書の原題は、《RARE:The High-Stakes Race to Satisfy Our Need for the Scarcest Metals on Earth》。
副題に漂うかすかな諧謔は、邦訳からは感じられない。その代わり、本書はところどころ補注を加え、読みやすい日本語にまとめ上げられている。訳者渡辺正氏に、敬意を表します。もちろん(さすが「化学」が専門の)発行元にも。
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。
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