ジュリアン・バーンズ 著 真野泰 山崎暁子 訳
2016年04月21日
素っ気ないタイトルだが、見事としか言いようのない傑作小説。作者ジュリアン・バーンズと言えば、『フロベールの鸚鵡』で一躍名声を博した人物。イギリスのみならず、世界的にも評価が高い小説家。いろいろと仕掛けの多い小説を書くことで知られている。
『アーサーとジョージ』(ジュリアン・バーンズ 著 真野泰 山崎暁子 訳 中央公論新社)
アーサーとはコナン・ドイルのこと。シャーロック・ホームズのシリーズで名声を博し、「サー」の称号を得た後の話である。
ジョージはジョージ・エイダルジ。彼もまた実在した事務弁護士。姓からわかるように、生粋のイギリス人ではない。母はイギリス人だが、父はペルシャ系インド人。だから人種差別の対象となる。
物語はアーサーとジョージの生涯を対比させながら進んでいく。アーサーは名声を獲得し、一方のジョージは司祭館に育ち、ひっそりと生真面目な生活を送っている。
そんなある日、ジョージに連続家畜殺しの疑いがかけられる。確たる証拠もないのに、ジョージは有罪の汚名を着せられ、獄に入ることとなる。
やがて、ジョージはアーサーに身の潔白を証明してくれと嘆願し、アーサーは一目でジョージの無罪を直感で確信し、ホームズばりの推理で真相を明らかにする。
その経緯が読みどころになるが、それ以上に興味深いのは、二人が出会うまでのアーサーとジョージの生活、そしてジョージの潔白が証明された後の二人の姿である。
実際の出来事、実在の人物を登場させながら物語を進める作品は近頃よく見かけるが、この「ノンフィクション・ノヴェル」と言うべき作品は出色の出来栄えである。
語りの見事さ、登場人物の優れた描写、実際の手紙や資料を十分に生かした手際、どれをとっても驚くしかない小説である。
上下2段組、500ページになろうとする大長編小説を、丹念かつ流麗な日本語に訳した訳者の力量は特筆に値する。2016年はまだ始まって間もない時期だが、今年一番の翻訳小説となるのではないか。
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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