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必見! 横浜聡子『俳優 亀岡拓次』(下)

映画的な脚本の勝利

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 『俳優 亀岡拓次』の脚本は、横浜聡子監督が自身で書いている。それこそが、この映画が成功した最大の理由だと思われるが、パンフレット所載のPRODUCTION NOTES(取材・文=須永貴子)に記された、彼女が脚本執筆にいたったプロセスは興味深い。

 ――戌井昭人の原作は、亀岡が参加する現場ごとにエピソードが完結する、連作短編集的な構成だが、それをつなげて1本の映画にするにあたり、亀岡(安田顕)の安曇(麻生久美子)への恋心がストーリーの背骨となった。何人かの脚本家との改稿を重ねて1年が過ぎた頃、横浜は脚本も自分で書くと決意する。

横浜聡子拡大横浜聡子監督
 「横浜さんは、オリジナルの[脚本でこれまで撮ってきた]方。原作を咀嚼し消化しきって自分の物語としないと亀岡が自由に動かない。それからの改訂はこちら[製作側]が驚くようなシーンがどんどん加えられていきました」[プロデューサー談]。

 最終的に横浜がこだわったのは、原作にはあまり描かれていない亀岡の内面[おそらく彼の生活感や夢や願望のこと]だった。そして、役をこなす亀岡と素の[オフの時間を過ごす]亀岡、それを描いた映画という境界を越えていくことを主眼に[脚本作成の]作業が進められた、という――。

キテレツな事件の“再利用”

 このPRODUCTION NOTESの後段で言われている、場面によっては虚と実の境目を見えにくくする、という脚本構成は、前回述べたように、本作に抜群の効果=面白さをもたらしている。

 そしてじつは、原作とは異なり、亀岡の安曇への恋心を主筋にした卓抜な脚本こそが――例の亀岡の“酩酊感”とあいまって――、シュールに突き抜けたシーンに、したたかなリアルさとおかしさを生んでいるのだ。

 たとえば、序盤の居酒屋「ムロタ」の場面で、店のテレビは、アメリカの女性宇宙飛行士が起こした奇妙な事件を報じる。

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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