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ろくでなし子裁判一審判決を受けて(上)

「かつてはこうだった」という保守的な判断

林 道郎 美術史家、美術批評家

事実確認

 すでに広く報道されているように、先日5月9日(月)、美術家ろくでなし子さん(被告)に対する判決が東京地裁で言い渡された。まず基礎的事実を確認しておくと、彼女は3件の事件について、「わいせつ」を規定した刑法175条に違反しているとして起訴された。列挙するとこうなる。

1)女性器の象(かたど)りをもとに装飾を施して制作した「デコまん」と名付けられた3点の創作物の陳列。
2)彼女自身の女性器の3Dデータをインターネット上のクラウド・システムを通して支援者に頒布。
3)同じ3Dデータの入ったCDを個展会場で数人の支援者に譲渡。

「一部がアートと認められたのは良かった」と会見で話す五十嵐恵被告=東京都千代20160509拡大判決後、「一部がアートと認められたのは良かった」と会見で話したが、3Dデータに関する「有罪」ですぐに控訴したろくでなし子(五十嵐恵)被告(左)=2016年5月9日、東京都千代田区
 それぞれに該当する罪名は、「わいせつ物陳列罪」「わいせつ電磁的記録等送信頒布罪」「わいせつ電磁的記録記録媒体頒布罪」となっている。判決は、このうち1については無罪、2、3に関しては有罪という結論を下した。

 平たく言えば、「デコまん」というオブジェ的な創作物に関しては、その芸術性を勘案して無罪としたが、2、3の3Dデータに関しては、「主として受け手の好色的興味に訴えるものになっている」とし、「普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」と認められるから有罪だとしたのである。

 この裁判は、ろくでなし子さんの挑発的な作家名や派手なパフォーマンス含みの振る舞い、あるいはSNS上での活発な発言などもあいまって大きな注目を浴びることになり、判決に対しても種々の反応が飛び交っている。

 映画や文学の領域では、刑法175条に定める「わいせつ」にかかわる裁判が過去何度か争われたが、美術表現の領域で正面から争われたのは初めてだった(メイプルソープ写真集の事件は、関税法による裁判)こともあり、判例として今後長く影響を及ぼすだろうと目されることも関心を集めた要因だ。

 彼女自身が完全無罪を目指し控訴することを早々と宣言したのを受け、たとえば、美術評論家連盟の有志(私も含まれる)は、この判決に対して抗議声明を発表している。いったいこの判決の、いや翻って、ろくでなし子さんの逮捕(2回)から結審にいたる過程において、なにが明らかになりどんな問題が残されたのだろうか。

美術とわいせつ

 まず、この裁判の根幹にかかわり、未決の問題として残りつづけているのは、美術(芸術)とわいせつの関係だ。

 私自身は、意見書の中でも出廷証言の中でも触れたが、この二つのカテゴリーは

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筆者

林 道郎

林 道郎(はやし・みちお) 美術史家、美術批評家

1959年生まれ。東京大学文学部卒業。1999年、コロンビア大学大学院美術史学科博士号取得。武蔵大学准教授などを経て、上智大学国際教養学部教授・学部長。著書に『いま読む! 名著 死者とともに生きる――ボードリヤール『象徴交換と死』を読み直す』(現代書館)、『絵画は二度死ぬ、あるいは死なない』(全7巻、ART TRACE)など。