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[書評]『日本会議の研究』

菅野完 著

大槻慎二 編集者・田畑書店社主

戦慄を覚えるエポックメイキングな書  

 おおかたの人々と同様、「日本会議」という組織の存在を知ったのはごくごく最近のことだった。おそらくは2015年4月、大阪の十三で「翼賛体制に抗する会」のオフ会に参加した際、中沢けいさんから聞いたのだったと思う。

 そのときにこの著者の名前と、本書刊行の元となったウェブマガジンでの連載のことも知り、ことあるごとに覗いていたのだが、今回こういう形で改めて全体を見渡してみると、新たな発見も多々あって驚かされた。

『日本会議の研究』(菅野完 著 扶桑社新書) 定価:本体800円+税拡大『日本会議の研究』(菅野完 著 扶桑社新書) 定価:本体800円+税
 まず最初に結語めいたことを言ってしまえば、本書は間違いなく、出版ジャーナリズムの歴史に大きなエポックを刻むことになるだろう。

 それは図らずもまとってしまった話題性(発売日に当の日本会議から版元に出版差し止めの申し入れがあったとか、客注を断る書店があったとか)や、すでに大ベストセラーの兆候が見えることなどによるのではなく、この本がどのようにして世に出たか、ひとえにその特異性と新しさによる。

 「はじめに」によれば、著者は一般企業のサラリーマン(しかも「右翼であり保守だと自認」する)だったが、2008年ごろ「変な奴らが世の中で暴れ出しているぞ」と思ったことがきっかけで、ヘイトスピーチやネトウヨのウォッチングを始める。

 そして現場に足を運ぶうちに、彼らの情報源となっているのがごく一部の保守論壇誌だと気づき、以後それらの雑誌を読み漁る。結果行き着いたところが「日本会議」という存在だった。そうして取材の成果をツイッターで呟いていたところ、それが扶桑社の編集者の目に止まり、先のウェブマガジンでの連載となった。

 つまり従来のマスコミやジャーナリズムの手垢が一切ついていない場所で、いわば「普通の市民感覚」から端を発し、どの大手メディアや既存のジャーナリストも為し得ないことをやってしまったのだ。

 その取材方法や分析の手法にも特別なことはない。企業に勤める有能な社会人であれば(誰もと言えば語弊があるが)決して手が届かない距離にあるものではない。

 ただし普通と違うのは、その「あたりまえのこと」を「あたりまえ」として、驚くべき持続力をもってたゆまず続けてきたこと、(そしてこれが最も重要なことだが)取材の結果を十全に読者に伝えうる筆力を、著者が具えていたことである。

 実際、安倍政権の生みの親とも言われ、安倍の有力なブレーンとして知られる日本政策研究センター代表・伊藤哲夫が、30年前には新興宗教集団〈生長の家〉の青年会の幹部であり、「中央教育宣伝部長」という何やら胡乱(うろん)な肩書きで活動していたことや、集団的自衛権が違憲ではないというアリバイ作りのため、政権が推したたった3人の憲法学者のうちのひとり、百地章が日本会議の中枢を担っているだけでなく、その前身である「全日本学生文化会議」という組織の幹部として、これもやはり〈生長の家〉に深くつながる人物であることを暴いていく著者の筆の迫力は、息を呑むばかりだ。

 それにしても、現安倍内閣の閣僚19名のうち、実に16名が属する日本会議という組織のルーツが、全共闘時代に長崎大学で起こった左派と右派の小競り合いにまで遡り、その活動の源泉にあるのは、〈生長の家〉を母体とする右派学生の、左翼に対するルサンチマンだったとは!

 地方を束ねる驚くべき組織力と、動員における事務能力の高さを誇る日本会議。その事務局である日本青年協議会の会長を務める椛島有三が本書を貫くキーマンとなっているが、読みながらこの人は一体どんな人物なのだろう、あるいは仮にこの運動体の中に身を置いたとしたら、その人物にどんな感じを抱くだろうと想像してみた。

 これはある世代にしか通じない譬えかもしれないが、そこにあるのはもしかして、本宮ひろ志の「男一匹ガキ大将」の世界だろうか?

 この漫画、大雑把にいうと、海辺の田舎町から出てきた戸川万吉という不良少年が、全国の悪ガキを束ね、最終的には富士の裾野で天下分け目の大闘争を企てるという筋である。

 果たして村山内閣の「戦後50年決議」で揉めに揉めたとき、「参院のドン」の異名を持つ同志、村上正邦のネクタイを掴んで怒鳴り散らした椛島の頭には、「おんどりゃ〜!」というワッペンのような吹き出しが浮かんでいただろうか。

 否、そうではない。そう思い直したのは、本書の中でも圧巻の第6章「淵源」を読み進めていく途上でのことだった。

 椛島でもない、伊藤でも百地でもない。長年にわたってこの運動体を牽引していくには、マグマのようなエネルギーを秘めたカリスマ的存在が不可欠なはずだと考え、追求した著者がとうとう行き着いた安東巖という人物。〈生長の家〉の天皇である谷口雅春から、唯一その神秘体験を取り上げてベタ褒めされた安東こそが、そのマグマの中心である、という下りを読んで、「これはもう戸川万吉どころではない、カルトの世界ではないか」と戦慄を覚えた。

 実に当時、同じ右派学生のヒーローだった鈴木邦男に“ハニートラップ”を仕掛け、“暗殺”(社会的に、だが)を企てる安東には、まさにカルトとしか言いようのない深い闇を感じてしまうのだ。

 加えて戸川万吉の世界と大きく隔たるのは、日本会議を構成する人々の平均年齢だ。2015年11月に日本会議が主導して武道館で行われた「今こそ憲法改正を! 武道館1万人大会」と称する集会の詳細なレポートが文中出てくるが、きっちり1万人を動員する事務局のマネージメント能力の高さに驚かされる一方、瞠目したのはそこに集った人たちの構成年齢が、ほぼ60代後半から70代前半であるということである。

 つまり、まぎれもなく現政権を動かしているのは「背広を着た老齢なカルトたち」であり、彼らが目指す改憲によって出現するのは、格差に苦しむ貧乏な若者たちが、戦場に駆り出されて殺し殺されるという悲惨な社会なのである。

 想像してみるがいい。

 無惨な姿で戻ってきた若い自衛官の棺をとり囲み、「粛々と」悼んでみせる1万人の老人たちの醜悪さを。彼らのほとんどは戦後生まれの、「戦争を知らない子供たち」だったのである。

 そんな日が来るのは、もしかしたらそう遠くはない、とリアルに感じさせるという意味においても、この本は実にエポックメイキングなのである。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。

*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

筆者

大槻慎二

大槻慎二(おおつき・しんじ) 編集者・田畑書店社主

1961年、長野県生まれ。名古屋大学文学部仏文科卒。福武書店(現ベネッセコーポレーション)で文芸雑誌「海燕」や文芸書の編集に携わった後、朝日新聞社に入社。出版局(のち朝日新聞出版)にて、「一冊の本」、「小説トリッパー」、朝日文庫の編集長を務める。2011年に退社し、現在、田畑書店社主。大阪芸術大学、奈良大学で、出版・編集と創作の講座を持つ。フリーで書籍の企画・編集も手がける。