アントネッラ・アンニョリ 著 萱野有美 訳
2016年06月09日
図書館といえば、国立国会図書館のような調べ物をするための大図書館か、本を無料で貸してくれる近所の公共図書館のイメージしかなかったが、そうした図書館のイメージを大きく転換させてくれる本である。
『拝啓 市長さま、こんな図書館をつくりましょう』(アントネッラ・アンニョリ 著 萱野有美 訳 みすず書房)
またアメリカでは、すべての公共図書館でインターネットを無料で利用でき、パソコン操作や履歴書の書き方、就職面接でのテクニックを学べるほか、失業保険などの社会サービスが受けられる。アメリカの成人男性の26%は、パソコンで年金の受給や失業者リストへの登録を行うために、図書館に行くという。
ヨーロッパ最低の読書率で本があまり読まれないといわれるイタリアで図書館アドバイザーとして活躍する著者の目指すのは、市民の集う広場=公共圏としての図書館である。
人は本やCD、映画を借りるためだけに図書館に行くのではない。友達と会って話したり、一緒に編み物をしたりするために図書館に行くのだ。
実際、カフェやソファのある、居心地のいいリビングルームのような図書館も増えているようだ。現代の大型図書館は社交の場になりつつあるという。
地方自治体の財政赤字から図書館予算の削減がいわれる今日、経済面でも図書館のできることは数々あるはずだ。
著者の提言は、(1)書庫からはみ出した不要本は安い値段で市民に販売し、定期的に古本市を開く、(2)図書館という建物を活用し、結婚式や誕生会、パーティの会場として図書館を貸し出す、というものだ。
市民が図書館に来やすくするためには、利用者の便に合わせて開館時間を延長し、資料の貸出・返却には自動貸出機を設置する。また各種の証明書の自動交付機を置き、市民からのさまざまな質問に受け答えするサービスがあってもよい。いわばソフトな公共施設としての図書館だ。
図書館を新設する場合は、だれでも行きやすい場所を条件の第一に、自然光の質、屋外スペースの有無、インテリアの配色、建築費、運営費、省エネルギー、地域に与えるインパクトなどを吟味しながら、計画を進めなければならない。
また町の中心付近にある映画館や教会、工場や倉庫などの古い建物は、建物自体が市民の記憶の一部にもなっているので、図書館として活用すればメリットがある。倉庫のような建物は、光熱費の面からも図書館に適しているという。
近年の注目すべき図書館として、書架を低くして本の表紙を見せるように並べたオランダのアルメレの新図書館、赤煉瓦のスーパーマーケットを図書館に改築したデルフトのDOK、パリの二つの図書館、日本の明治大学和泉図書館、武雄市図書館が紹介される。
デルフトの図書館は蔵書よりも人を大切にする最初の図書館であるという。人々は大階段や館内の好きな場所で本を読み、飲食をし、舞台を使って物語を語ったりすることができる。
オランダでは、午前は学校、午後は図書館、夜は地域の文化センターに様変わりする図書館もできたそうだ。
図書館は私たちを過去へつなぐと同時に未来への継続性を保障する。デジタル情報はいつまで使えるかわからないが、アナログの本は何百年でも保存できるのだ。文化の持続や共有は図書館なしではありえないと、著者は主張する。
もともとはイタリアの図書館専門出版社から出された3冊の本を日本の読者向けに編集した本で、図書館関係者に向けた「図書館のつくり方」が主たる内容になっている。図書館そのものの考察ならば、同じ著者の『知の広場――図書館と自由』(みすず書房)が、出会いの場としての広場と図書館を論じて示唆に富む。
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。
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