原口未緒 著
2016年06月09日
本書を読んだきっかけは、知人の息子夫婦に持ち上がった離婚話だった。
二人の幼い子がいるのが気がかりで、その方面の実用書を読み、にわか仕立てでいいから、何か役に立つアドバイスができたら、という気持ちで読み始めたのだ。3組に1組が離婚するというご時世、まわりが必要以上に重くなるのは避けたいと思ったし、正直に言えば野次馬根性もあった。
『こじらせない離婚———「この結婚もうムリ」と思ったら読む本』(原口未緒 著 ダイヤモンド社)
そういう本は、予定調和的なアドバイスが続くから、読む物は必要に応じた拾い読みを強いられる。
また、造本上も、編集作業の比重が高い。結果的に「著者性」は低く、「読む」よりも「知る」ことの比重が高くなる。どれでも同じと言いたくなるところが少なからずあるのだが、本書にはそれがなかった。
どうしてかと言うと、マニュアル風の体裁を裏切るように、ときどき顔を見せる弁護士である著者の「著者性」が、読者を思いもしなかったところに連れて行く印象があったからだ。
たとえば、前半部の「離婚をこじらせないポイント」には、自分をしっかり持つために「現在の不満」や「離婚後の生活のイメージ」をメモしておけといったありがちなメッセージに加えて、次のような項目が挙げられている。
・「相手が〇〇だから~」というYOUメッセージはやめ「自分は○○したい~」というIメッセージに転換すること。
・嘘でもいいから、相手が離婚後幸せになっているイメージを描くこと。
・結婚してからの「よかったこと」を思い出してリスト化すること。
離婚についてのアドバイスとしては、これは、かなりユニークなのではないだろうか。離婚する相手に、できるだけ良いイメージを持ちなさいと言っているようなものだから。
続くコラムでは、「人の話を聞いて解決法を探していく主な方法」として、まず、次の三つの項目を挙げている。
・カウンセリング……相談者の悩みを聞き、受け止める。具体的なアドバイスをしないことも多い。
・コーチング……相談者との対話をもとに、相手の自主的な言葉を引き出す。相談者が自発的に行動できるように導く。
・コンサルティング……相談者の課題を具体的に分析して、その課題を解決するための戦略を立てアドバイスする。
そして、こう続ける。
《弁護士の仕事は本来、法律を武器に戦略を立てるコンサルティング業務です。でも、私が離婚相談を受ける場合は、むしろカウンセリングとコーチングに力を入れています。
自分の経験から、「どうして離婚をしたいのか?」「離婚後どうなりたいのか?」を明確にできないうちは、法律的なアドバイスをしても意味がないと思うからです。そのことに気づいてからは、カウンセリングとコーチングの勉強をし、専門家の講習にも何度も通いました。
……カウンセリングとコーチングを取り入れてから、「こんなふうに話を聞いてくれる弁護士さんにやっと出会えた」と言われるようになりました。……依頼人の「円満離婚率」もぐんとあがりました。》
面白いと思う。「円満離婚率」が上ったことを、セールス・トークだと感じる人もいると思うが、私は、そう考えるだけではもったいないと思う。これは、自分の持つ専門性に対する固執を捨てたことから生まれた余裕、言い換えると職業人としての一時的な「自己否定」がもたらした効用だと思うのだ。
ここに見える「緩さ」が、「離婚」という修羅場には必要だということ、これは、なかなか深い智慧なのではないだろうか。
本書の前半は、こうして「結婚してよかったリスト」、「パートナーにやってもらってよかったことリスト」、(離婚相手との)「思い出ボックス」、「自分が相手にできることリスト」などについて話が続き、やがては「相手への思いが成仏」し、「過去へのこだわりを捨てて」、「前向きに進んでいく」例が、ケーススタディの形で語られている。過去は忘れなさい、忘れるために必要なことをしなさいということだ。
私はこれを読んで、たとえば大日本帝国が自己都合で作った「大東亜共栄圏」を、身勝手な結婚だったと考えれば、結婚で生まれた多くの子どもたちを抱えた朝鮮や中国、そしてもちろん日本にも、「円満離婚」を実現するために必要な「緩さ」について考える作業が、今もってあるのでは、などと思いもしなかったことを考えてしまったのである。
閑話休題――。この著者が持つ「著者性」の「緩さ」の由来について、全部で四つあるケーススタディの後に置かれた「Epilogue 離婚した人だけが持っている『宝物』」でこう書いている。
《私の両親は、私が26歳のときに離婚しています。……実家に帰るたび、母は長女である私に父の悪口を言いました。……わたしのDNAは半分は父から受け継がれています。父を否定されることは、私自身もその半分を否定されるような気持がして、とても苦しかった……。母はときどき「お前たちがいるから離婚しない」とも言いました。その言葉は、私たち姉弟の心にも暗い影を落としました。……結局母は和解を選んで訴訟は終わり、約10年越しの離婚が成立しました。……母は今でも「和解なんかしてやらなければよかった」と言います。でも、そんなことをしても、前に進むことはできません。……そして、私自身も3度の離婚を経験しました。……結婚と離婚を何度も経験してわかることは「白馬の王子様はいない」ということです。……幸せになれるかなれないかは、自分次第だということです。》
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。
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