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[書評]『多田富雄のコスモロジー』

多田富雄 著

佐藤美奈子 編集者・批評家

つねに科学の向こう側を見据えていた科学者  

 名著『免疫の意味論』(青土社)『生命の意味論』(新潮社)で知られた免疫学者・多田富雄が逝去したのは2010年4月。今年は七回忌にあたる。「多田富雄コレクション」の刊行を今秋に控え、彼の仕事の全貌を眺めわたす目的で、版元編集部により本書は編まれた。

『多田富雄のコスモロジー——科学と詩学の統合をめざして』(多田富雄 著 藤原書店編集部 編 藤原書店) 定価:本体2200円+税拡大『多田富雄のコスモロジー——科学と詩学の統合をめざして』(多田富雄 著 藤原書店編集部 編 藤原書店) 定価:本体2200円+税
 多田富雄が遺した多彩な仕事を3つのテーマ――I部「免疫学と生命」、II部「能と現代」、III部「自分という存在」――で分け、彼が追求し、目指したものが何だったのかを考えさせるエッセイ、小論、新作能の作品などが並ぶ。

 あいだに生命誌研究者・中村桂子との対談、石牟礼道子や松岡正剛のエッセイも挟まれ、多田の業績を現在の視点から改めてつかみ直したい読者にも、あるいは入門書としても、読みやすい構成だ。

 ところで近年、生命科学の進歩のスピードは驚くほど速い。医療の最前線も変貌し続けている。それらの「最新」や「最前線」に価値を置けば、世界的に認められた免疫学者としての著者の仕事でさえ、すでに「過去」のものなのかもしれない。

 その辺りは、生命科学の門外漢である私には何も言う資格がない。しかし一読者として多田富雄の過去の著作に親しみ、「無明の井」「望恨歌」「生死の川」など新作能の舞台を観てきた者としては、彼の言葉は明らかに生きている、何度も読みたい、と感じさせられる。

 「ますます細分化した科学は、自分の位置さえわからぬまま急速に進んでいる。そこには紛れもない夢と実益が含まれているが、潜在的危険もはらんでいることは今さらいうまでもないだろう」

 これは、2001年5月に脳梗塞で倒れた6年後に、著者が立ち上げた「自然科学とリベラルアーツを統合する会(INSLA)」の設立趣意書に見える言葉だ。

 そして、どうしてINSLAをつくったかについて、発足直後の講演で次のように述べる。

 「私は『免疫の意味論』と、『生命の意味論』という著書で、科学の成果の意味、インプリケーションを探る試みをしましたが、それだけではすまないことに気づきました。/今、科学者は、行きすぎた成果主義の結果、研究費をとるためだけの研究に憂き身をやつし、本当に自分が何をやりたいか、何が問題なのかを、真剣に考える機会を失ってしまいました」

 こうした言葉は、著者亡き後に起きた科学的事象を1つ2つ思い合わせるだけで――たとえば3・11での福島第一原発爆発事故や、遺伝子操作により人間への臓器移植だけを目的とした豚を育てるプロジェクト(カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』で描かれた世界は決して絵空事ではない!)など――、否応なくその凄みを増す。

 さらに、被爆者への鎮魂がテーマの「原爆忌」や「長崎の聖母」、アインシュタインがシテの「一石仙人」、臓器移植を主題とした「無明の井」などの能を多田が新作した理由も、改めて腑に落ちる。

 上に掲げた引用文に戻れば、「自分の位置さえわからぬまま急速に進」む科学に疑問符を突き付けられずますます「実益」に絡め取られ、「何が問題なのかを、真剣に考える機会を失ってしま」った私たちが、本書に示された多田の姿勢から何をどれだけ学び、今後の各自の仕事にどう生かせるか考えることが、彼の著作を読み返す作業の肝となろう。

 生命とは? 自分とは? という問いを免疫学という学問の内側から発し、現に研究成果を上げてきた著者は、脳梗塞で右半身麻痺となってのち構音障害(うまく発話できない)や嚥下障害の苦難のなか書きあげた『寡黙なる巨人』(集英社)『わたしのリハビリ闘争――最弱者の生存権は守られたか』(青土社)全詩集『歌占(うたうら)』(藤原書店)などを通して、INSLA設立時に投げかけた問題意識への、彼自身の応えを示してくれている(私事ながら、家族に同じく脳梗塞の患者を持つ者として『寡黙なる巨人』などの著作にどれだけ励まされたことか)。

 それにしても、なぜ多田富雄はあれほど能を愛し、能を創作対象としたのだろうか。

 青年時代から能が趣味で、玄人はだしの小鼓の腕前を持ち、能の舞台への鋭い批評家でもあった多田が、創作対象に能を選ぶのは当然かもしれないが、それは表面的な理由にすぎないのではないか。その奥には、彼が能を選ぶもっと強烈な必然性があったのではないか。

 つまり、死者、亡者をはじめこの世ならぬ異界の住人をシテ(主人公)とすることで生者の世界や生命そのものをよく照らし、面をつけることで役者の「自己」から限りなく遠い存在を表現する舞台芸術が能であることと、生命や「自己」について本質的な問いを発し、科学の向こう側をつねに見据えていた多田富雄の仕事が、無縁であるはずがないからだ。

 本書により、彼が遺した一語一語を改めて噛みしめたい思いに駆られた。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。

*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

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筆者

佐藤美奈子

佐藤美奈子(さとう・みなこ) 編集者・批評家

1972年生まれ。書評紙「図書新聞」で記者・編集者をつとめた後、2008年よりフリーランスに。現在、講談社などで書籍編集・ライターの仕事をし、光文社古典新訳文庫で編集スタッフをつとめる。自身の読書の上では吉田一穂、田村隆一といった詩人の存在が大きい。「死と死者の文学」を統一テーマに「古井由吉論」「いとうせいこう・古川日出男論」(各100枚)を『エディターシップ』2、3号に発表。