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トニー賞11部門を制覇、「ハミルトン」の革新性

ヒップホップと、ポップスやR&B……音楽の役割分担を持ち込んだ「ヒッポペラ」

小山内伸 評論家・専修大学教授(現代演劇・現代文学)

オペラと同じ音楽構造

 今年のトニー賞レースで、作品賞など11部門を制覇した『ハミルトン』(リン・マニュエル・ミランダ作曲・作詞・台本・主演。トーマス・カイル演出)は革新的なミュージカルだ。アメリカ合衆国の初代財務長官であり、合衆国憲法の事実上の起草者であり、今も10ドル紙幣に肖像を刻む「建国の父」、アレグザンダー・ハミルトン(1755‐1804)の生涯を追う伝記劇である。

 この作品が革新的なのは、その劇的な人生をダイナミックかつ微細に描き上げたストーリーもさることながら、その物語を彩るヒップホップを多用した音楽の使い方にある。

『ハミルトン』の舞台から。右端がハミルトンを演じる作者のリン・マニュエル・ミランダ。撮影:Joan Marcus拡大『ハミルトン』の舞台から。右端がハミルトンを演じる作者のリン・マニュエル・ミランダ=撮影:Joan Marcus
 作者のミランダは、やはりヒップホップを基調とするミュージカル『イン・ザ・ハイツ』(2008年)ですでにトニー賞作品賞・楽曲賞を受けているが、この作品は歌とせりふで構成されていた。

 それに対して『ハミルトン』は全編を歌のみでつづる。それも、状況説明や政治論争などの叙述部分はヒップホップで早口に軽快に語り、深い思いや重要な局面はポップスやR&B、バラードでたっぷりと聴かせる趣向だ。

 これは、叙唱のレチタティーヴォと、旋律的なアリアとを分離するオペラの音楽構造に相当するもので、ミュージカルに音楽の役割分担を持ち込んだのだ。米国では早くも「ヒッポペラ(Hip hop+Opera)」という造語が生み出されている。

 全編を歌で構成するミュージカルであるならば、アンドリュー・ロイド=ウェバー作曲の『キャッツ』『オペラ座の怪人』や、クロード・ミッシェル・シェーンベルク作曲の『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』などの成功例がすでにあるが、オペラのような役割分担を持つミュージカルはこれが初めてだ。

 歴史的な政治家の伝記劇である以上、複雑な状況説明や議論のシーンが不可欠だが、この革新的な音楽構造によって、波乱に富んだ多弁な物語を実にテンポよく運ぶことが可能になったのだ。

内容が濃いストーリー

 ストーリーは、ミュージカルにしては相当に内容が濃い。

 カリブ海の小島に孤児として育ったハミルトンは少年時代、故郷の街を破壊したハリケーンを報ずる文章で早くも文才をあらわした。1776年、ハミルトンはアメリカに渡ってニューヨークの大学で学ぶ傍ら、生涯の政敵となるアーロン・バーや、革命(アメリカ独立)を目指す同志らと知り合う。やがて独立戦争の大陸軍に参加して才覚を発揮し、ジョージ・ワシントン総司令官の右腕となる。

 1790年冬、フィリップ・スカイラー(大陸会議代議員、のちに上院議員)の舞踏会で彼の娘イライザと一目で恋に落ち、まもなく結婚する。彼女の聡明な姉アンジェリカもまたハミルトンに惹かれたが、妹を思って身を引く。

 ハミルトンは、雌雄を決するヨークタウンの戦いで陣頭指揮を執り、大陸軍を勝利に導く。独立を勝ち取った後、ハミルトンは憲法制定会議の代理人に抜擢され、合衆国憲法の指針となった「フェデラリスト・ペーパー」を起草する。初代大統領に就任したワシントンは、ハミルトンを財務大臣に任命した。

 ハミルトンはさまざまな財政システムを立案したが、政敵トーマス・ジェファーソン(独立宣言の起草者、のちに大統領)としばしば対立し、激論を戦わせた。

 やがて、ワシントンが大統領を辞し、ジョン・アダムズが二代目大統領となる。ハミルトンも嘱望されていたが、マリア・レイノルズという女性との不倫が発覚し、その可能性は潰(つい)える。19歳になった息子フィリップは、父を誹謗した男に決闘を申し込み、命を落とす。

『ハミルトン』の舞台。中央が、政敵アーロン・バーを演じるレズリー・オドム・ジュニア。撮影:Joan Marcus拡大『ハミルトン』の舞台。中央が、政敵アーロン・バーを演じるレズリー・オドム・ジュニア=撮影:Joan Marcus
 1880年の大統領選で、ハミルトンは候補者のアーロン・バーではなくジェファーソンを支持し、地滑り的勝利に導いた。

 その後、バーの政治的無節操を批判したことで、かねてよりハミルトンに憎悪を抱いていた政敵バーは、決闘を申し込む。ハミルトンはバーの銃弾に斃(たお)れ、49年の生涯を閉じる……。

ヒップホップとポップスの役割

 相当に情報量の多い物語であるにもかかわらず、ヒップホップの語りが、ストーリーを流麗に進める。まずはヒップホップの役割だが――。 ・・・ログインして読む
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筆者

小山内伸

小山内伸(おさない・しん) 評論家・専修大学教授(現代演劇・現代文学)

1959年生まれ。慶応義塾大学文学部卒。ロンドン滞在を経て1989年、朝日新聞社入社。2013年に退社するまで、主に学芸部(現・文化くらし報道部)で文芸・演劇担当を務める。著書に『ミュージカル史』(中央公論新社)、『進化するミュージカル』(論創社)。日本演劇学会会員。

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