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[9]「子殺し」「親殺し」考 『晩春』2

末延芳晴 評論家

冒頭シーンに次いで周到に書き込まれた布石

 父親による「娘殺し」と娘による「父殺し」という視点から、『晩春』を見返してみると、この作品が、冒頭の北鎌倉円覚寺の茶室で行われたお茶会のシーンにはじまり、「父親」と「娘」を巡る対的関係性が、最終的には「子殺し」と「親殺し」という古典的悲劇のドラマに展開していく布石が、いくつか周到に描き込まれていることが分かる。

 すなわち、小津安二郎とシナリオ共同執筆者の野田高梧が、茶室のシーンの次に打った布石は、原節子に、淡い恋心を抱かせる青年として、宇佐美淳演じる服部昌一という、大学研究室で笠智衆の助手を務める男を、曾宮家に出入りさせたことであった。

【写真1】 原稿を書き進める笠智衆と書き上がった原稿を清書する宇佐美淳【写真1】 原稿を書き進める笠智衆(右)と書き上がった原稿を清書する宇佐美淳=写真は、DVDより筆者作成(以下の写真も同様) 
 原節子が、お茶会から帰って来ると、家では父親の笠智衆が、原稿を書き進めており、その傍らで宇佐美淳が書き上がった原稿の清書をしている(【写真1】)。

 そこへ、原が入ってきて、「ただいま――あ、服部さん、いらっしゃい」と笑顔で挨拶し、笠から「お茶入れとくれよ」と頼まれる。

 原は、「はい」と応えたあと、「服部さん、ゆっくりしていいんでしょう?」と誘う。

 しかし、服部から「いや。今日はおいとまします」と断られ、「いいじゃないの、明日だったらあたしも東京へ行くわ」と、泊まっていくことをすすめる。

 このように何の屈託もなく原の口から出て来る、「泊まっていけ」という誘いの言葉に、原が服部に対して、あたかも仲の良い兄に対する妹のような親密な感情を抱き、服部が曾宮家に、家長である笠智衆の助手というレベルを超えて、家族の一員に近い形で受け入れられていることが、すんなりと見るものに受け入れられていく。

 さらにそのうえで、「あたしも一緒に東京へ行くわ」と、原が甘えたように誘う

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