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[書評]『科学の発見』

スティーヴン・ワインバーグ 著 赤根洋子 訳

上原昌弘 編集者・ジーグレイプ

テキサス大学の熱血講義!  

自然界と自然を司る法則は、夜の闇に隠されていた。
神は言われた。「ニュートン、出でよ!」と。すると、すべてが明るくなった。(アレクサンダー・ポープ)

『科学の発見』(スティーヴン・ワインバーグ 著 赤根洋子 訳 文藝春秋) 定価:本体1950円+税『科学の発見』(スティーヴン・ワインバーグ 著 赤根洋子 訳 文藝春秋) 定価:本体1950円+税
 これは本書の白眉といえる、第14章「革命者ニュートン」で引用された詩であり、ポープが1730年に書いたニュートンの墓碑銘となる。そして本書『科学の発見』の内容を、この詩が見事に要約している。

 つまり、ニュートンと比べると、古代ギリシアに始まるそれまでの物理学者(自然哲学者)が、いかにデタラメだったか。このことだけを悲憤慷慨的に叫ぶ講義録が本書なのである。

 講義録とはいえ、テキサス大学の教養学部生向けのものだから、そんなに難しくはない。しかもうれしいことに、難解な数式は巻末のテクニカルノートにまとめてある。ちなみにわたしは、55頁分もあるそれらを1行たりとも読んでおりません。

 なお、この講義では現代の視点から過去を断罪する、遡及法のような禁じ手がたっぷり用いられている。科学が進歩した現代を是とするなら、それはまた勝利者による正統史観(ホイッグ史観)といえるかもしれない。

 歴史の記述においては、勝者から見た一方的記述を避けるのは常識だが、著者は歴史家ではなく1979年のノーベル物理学賞受賞者で、方法論にこだわりはないようだ。「細けえことはどうでもいいんだよ」的に斬りまくっている。とっても痛快。頭から追ってみようか。

・科学はタレス(紀元前6世紀)に始まる、とすべての科学史はいう。だが、タレスによって書かれたものは1行も残っていない。
・「万物は空気だ」といったアナクシメネスに残されているのは、「息と空気が全世界を包み込んでいる」という一断片のみ。
・パルメニデスとゼノンも、「自らの理論が見かけ上の世界をどう説明するか」を1行も示していない(「説明」はこの本のキイワードで、原題も「To Explain The World」という)。
・原子論を唱えたことでいまや賞賛の的となっているデモクリトスでさえ、「説明」をしていない(自分の理論の正しさを論証することすら試みていない)。
・基本的に「説明」していない以上、いかなる科学的言説も「詩」にすぎない。ピタゴラス学派もしかりで、彼らは「美」を数学的説明の論拠にする。まさに詩である。
・アリストテレスが「地球は丸い」としたのは大きな業績。パルメニデスももっと早く気づいていたが、そこには「説明」がなかった。
・アラブ世界がギリシアの科学を継承したが、「実学」寄りになってしまい、説明の重要性は二の次となった。
・プトレマイオスは「天動説」を唱えて結果としては誤りだったが、観測結果には合致しており「説明」は充分にしてある。だからこれは評価したい。
・一方、正しいはずの「地動説」のコペルニクスのほうが、「ファイン・チューニング」(美の呪縛による観測結果の隠蔽や改竄や無視)だらけ。評価できない。
・ケプラーも「美」の呪縛を逃れられなかった。ガリレオも「惑星がなぜこれらの法則に従うのか」という説明を一語もしていないから、イマイチ。
・実用科学しか評価しないフランシス・ベーコンは論外、言及するに値しない。デカルトは「宇宙はエーテルの渦に満たされ、その渦で惑星は回る」など間違いだらけ。彼については、過大評価もいいところ。
・ケインズは「最後の魔術師」だとニュートンを決めつけたが、とんでもない。ニュートンは「説明」をきちんとし、けっして魔術師ではない。
・重力の存在に気づいた人はそれまでもいたが、それが惑星の運行にまで関わっていると気づいたのはニュートンひとり。

 なるほど、時代を追うにつれ、ニュートンの偉大さはわかった気がする。でも「確率」の概念を導入した量子力学の革命以後の時代、彼の評価はメチャクチャに下がった。そこをどう解釈するのか。ニュートン力学はもう、ケチョンケチョンに貶められていたではないか。

 じつは冒頭に引用した墓碑銘にも、諧謔的な付け足しの2行が加わっている(と、ワインバーグ自身が引用している)。

それは長くは続かなかった。悪魔が言った。
「アインシュタイン出てこい」。すると、すべては元に戻った。(J.C.スクワイヤー)

 だがワインバーグはめげない。元に戻ってない、と言い張る。「アインシュタインの理論とニュートンの理論のちがいはそれ以前のどの理論との違いよりもずっと小さい」というのである。

 彼はその証明として、『プリンキピア』に収録されなかったニュートンの「命題43」を引用している。「もしも通常の重力以外の力が太陽と惑星に作用しているとすれば、ティコの理論は正しいかもしれない」と。

 ティコとは、ニュートンの100年前に活躍した偉大なる観測者ティコ・ブラーエのことで、ワインバーグは、ティコの観測結果が一般相対性理論においてはじめて説明できたことを認めつつ、「ニュートンは(自らの理論の限界に)気づいていた」のだという。

 さらにニューヨーク・タイムズが1919年に大見出しにした、「ニュートンは誤り」という記事。ニュートン力学では、質量を持たない光が、重力に引き寄せられて曲がる現象を説明できないのに対し、アインシュタインは、太陽の重力場によって光線が曲がる事実を観測した。しかし、「(ニュートンもアインシュタインもどちらも)方程式で表現できる原理の上に構築され、数学的に予測を導きだすことができ、理論の正しさを証明することができる」ために、「近似理論」であることはまちがいない、としている。

 なんとなく無理やりという感がなきにしもあらずだが、つまり「説明」という次元において、彼らは同価値なのである。いや、「説明」といっているが、それはすなわち、結果ではなく過程を重要視する姿勢ではないか、と思うのである。

 個人的には、当時の観測値から割り出すなら、プトレマイオスの宇宙モデル(天動説改良型)に行き着くのは当然で、むしろ正しい、とするくだりがもっとも衝撃的だった。

 小さい会社ながら、数少ない部下の人たちに「結果を恐れず、前向きに。過程を評価するからね」と言い続けている自分に、すくなからぬ勇気を与えてくれる一冊だったのである。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。

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