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「マタニティマークはいやだ」現象を考える(中)

「産もう!」/「働こう!」の号令に翻弄される子育て世代

木村涼子 大阪大学大学院人間科学研究科教授

 マタニティマークに対する社会的反発があることについて、「マタニティマークはいやだ」現象と勝手に名づけてみた。類似の事柄として、「ベビーカーで電車に乗車は迷惑だ」議論がある。それらはなぜ起こるのだろうか。

マタニティマーク拡大マタニティマーク
 これまで見聞きする中では、たとえば電車内で生じるマタニティマークへの反感には、おおざっぱに分けると3種類のものがあるようだ。

 ひとつは、マタニティマークによって席を譲るなどの配慮を要求されることが、個人の(先に並んで獲得した)椅子に座る権利や自由を侵害しているという反発。

 子どもを産み育てるのは「個人の勝手」だから、そのことで他者に迷惑をかけないでほしいというのだろう。妊娠出産はあくまでも個人の選択にすぎないのに、あたかもそれが社会的大義となり、他者の配慮を要求する風潮に反感を感じるパターン。

 二つめは、妊婦や乳幼児を抱えている母親なら、危険で大変な外出をせずに、家にいたらどうなんだ、と考えるパターン。

 ひと昔前にはそれが多くの人の感覚だっただろう。性別役割分業にもとづけば、子どもと母親は家に居る方がよいのだ。わざわざ満員電車に乗らなくていいんじゃないか、そう考える人もいるだろう。

マタニティーマーク拡大マタニティーマークに反感をもつ人も一様ではない
 三つめは子どもを望んでいるのにかなえられていない人びと(まずは女性が思い浮かぶが、女性に限らないのかもしれない)が、マタニティマークによって傷つくというパターンだ。

 私にも不妊治療をしている友人知人が何人もいるので、彼女・彼らの多くが実に切実な思いで子どもを望んでいることを知っている。

両立困難な二つのメッセージ

 ここで、現在女性が置かれている状況に目を転じよう。女性は、「どんどん働いて活躍しよう」と、「どんどん子どもを産んで育てよう」の、両立が困難な二つのメッセージにさらされている。

 そのメッセージは公的な要求である。法制度でいえば、前者は「男女雇用機会均等法」「女性活躍推進法」、後者は「少子化社会対策基本法」「次世代育成支援対策推進法」に代表される。なかなか大変な時代だ。

 私は1980年に大学に入学し、入学と同時に四年制大学卒の女子には就職先がほとんど無いという、何とも理不尽な事実に直面した。

 働く知識と技能を身につけるために受験勉強も頑張ってきた。いまさら四大卒女子は就職できないなど信じられず、いろいろ調べたところ、それはやはり事実だった。四大卒の女子よりも、短大卒の女子の方が就職状況は良好だった。ただ、いずれの場合も結婚や出産を機に退職することがあらかじめ想定された雇用だった。

 1985年、女性差別撤廃条約批准を機に、労働の場における男女平等をさだめる基本法として、男女雇用機会均等法が成立した。均等法はその後何度か改正を重ねるが、誕生時のそれは、定年・退職・解雇についての性差別を禁止するものの罰則がなく、ほとんどが努力義務という「弱腰」の法律だった。それでも均等法の成立は時代の画期であり、私の下の世代は均等法の下で徐々に就職の機会を広げていった。

 しかし、1980年代からずっと続いていたのは、仕事と家庭、とりわけ子育てとの両立のむずかしさだった。女性の先輩たちの経験談を聞く度に、子育てしながら仕事を続けることは並大抵のことではないことを痛感した。そのような綱渡り生活を自分は乗り切れるのだろうかと怖じ気づいたものだった。

 また、家庭で子育てに専念している女友だちの話は、それはそれで大変そうだった。育児不安を感じる自分を責め、孤独に苦しんでいる様子も他人事ではなかった。

 そうやって恐れ悩んでいるうちに、子どもがほしくないわけではないが、産む機会を逸していく女性は少なくなかった。いや、いまも決して少なくないだろうが、若い世代ではかつてよりもパートナー同士協力しながら、仕事と子育てを両立しているケースが確実に増えているように見える。

 子どもを産み育てないと一人前ではないという言い方がよくされる。私自身、教育社会学が専門なので、教育問題について語る際に、「そうはいってもあなたには子どもがいないでしょう」と切って捨てるように

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筆者

木村涼子

木村涼子(きむら・りょうこ) 大阪大学大学院人間科学研究科教授

1961年生まれ。1990年、大阪大学大学院人間科学研究科博士課程単位取得退学。大阪大学大学院人間科学研究科教授。博士(人間科学)。専門は、近代日本におけるジェンダー秩序、ジェンダーと教育研究など。『<主婦>の誕生――婦人雑誌と女性たちの近代』(吉川弘文館)、『学校文化とジェンダー』(勁草書房)など著書多数。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです