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[書評]『謎のアジア納豆』

高野秀行 著

高橋伸児 編集者・WEBRONZA

納豆の糸でつながったアジアの人たち  

 朝食でご飯を食べるときに納豆は必須だ。ネギも卵も不要、からしは入れるがタレはごく少なめで、豆は食感のある大粒、というのが僕の好みだが、産地や銘柄に特にこだわりはない。こんな嗜好は誰でもあるだろうが、どれもさしたる違いはなくて、納豆の味となると口角泡を(豆を?)飛ばして熱く語る人はそういない。

 納豆はだいたいが朝食の副食というのが定番で、味噌汁や漬けものに比べてバラエティに欠け、わざわざ料理店に食べに行こうというものでもない。それに、関西人は納豆嫌いが多いということになっていて(ある調査では大好きな人と大嫌いな人の両極端らしいが)、ポピュラーでありながら全国区ではないという意味でも、納豆はどうも不遇の臭いがする。

 本書は、そんな納豆が、日本にとどまらずアジア大陸の広大な地域で食され(!)、「納豆民族」が存在していることを明らかにしたノンフィクションであり冒険譚である。

『謎のアジア納豆——そして帰ってきた〈日本納豆〉』(高野秀行 著 新潮社) 定価:本体1800円+税拡大『謎のアジア納豆——そして帰ってきた〈日本納豆〉』(高野秀行 著 新潮社) 定価:本体1800円+税
 高野秀行さんの最近の単著としては、『謎の独立国家ソマリランド――そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア』(本の雑誌社、講談社ノンフィクション賞)、『恋するソマリア』(集英社)がある。これは、それまで内戦と海賊の国というぐらいのイメージしかなかった謎の国家の内部を活写した抱腹絶倒かつ重厚なルポだった。

 そして今回の「謎」は納豆である。探検部出身らしく、好奇心のままに世界各地のあまり誰も行かないような場所を探求した高野さんが納豆にはまったきっかけは、14年前、ミャンマーはカチン州の山岳地帯で、白いご飯に納豆に生卵という食事に出合って仰天したことだった。

 そこから、タイのチェンマイ、ミャンマーの山岳地帯、ネパール、ブータン、中国湖南省から秋田、長野、岩手まで、ごく普通の村人から元・首狩り族まで、納豆をつくっている人を探し、訪ね、つくってもらい、自分でも試し、食べることを繰り返すようになる。そのプロセスもさまざまな偶然が重なり、彼が何度も書くように、ねばねばした納豆の糸でつながっていたとしか思えない面白さだ。

 納豆は、簡単にいえば、大豆を煮て、納豆菌がついた藁にくるみ、暖かい場所でしばらく放置して発酵させることでできあがる。

 これが、アジア大陸各地では、稲の藁以外にも様々な植物の葉を使うことがあり、発酵方法も実にさまざま、日本人にも違和感のなさそうな納豆もあれば、香辛料たっぷりの納豆料理、さらにせんべい納豆なんてものもある。納豆がここまで豊潤な「食」だったことが驚きだ。

 そう、高野さんのルポルタージュを読むときの醍醐味は“感嘆詞”だと思う。現地で納豆づくりの意外な技法を知り、できあがった納豆がちゃんと糸をひいているのを確認し、食べてみては、「えーっ!!」「ああ!」「そういうことか!」「ええ!?」「うぉー!」「やったー!」と叫ぶ。この発見と驚きの感嘆詞は、「おもしろおかしく書く」文体のおかげで、これでも納豆? これは旨そうだ!という読み手と共振していくのだ。

 もちろん叫んでいるだけではない。「アジア大陸」の納豆を日本の研究所で調べてもらったり、専門家を取材したり、多くの文献にあたるなど、納豆体験と並行して、納豆の起源と伝播の仮説を立てていく。本書の大きな魅力は、この現在と過去、日本とアジア大陸、この時空を超えたかき混ぜぶりの豪快さにある(なにせ納豆だけに)。

 日本人が大豆食を食べ始めたのは、縄文時代か弥生時代かという大問題から(実際「縄文納豆」づくりに成功!)、蝦夷征伐の東北の歴史と源義家と納豆の関係を推理し、江戸時代の俳諧や川柳に登場する納豆汁から納豆の広がりぐあいに思いをいたし、植物学者・中尾佐助の有名な「照葉樹林文化論」にあたる地帯とアジア(大陸)納豆圏の重なりとその矛盾にまで想像が及ぶ。

 そしてアジア(大陸)納豆は、中国湖南省からネパール東部に至る山岳地帯や盆地で食される「辺境食」であること、魚や肉、塩や油など調味料を発達させた平野部の人たちと違って、「納豆民族」は、その国では例外なくマイノリティであり、政治的な迫害の歴史ももつ民族だったことを明らかにする。そして彼らは、これまた例外なく、自分たちがつくる納豆がいちばん旨いと主張するのだ(手前味噌ならぬ手前納豆!)。

 まさに「たかが納豆と言うなかれ。納豆を見れば、民族の歴史や文化がわかる。文明論にも行き着く」のだ。いやいや、この本は、日本の朝ご飯で食べる副食のたんなるルポどころではない。「学際的」という言葉の本当の意味は、こういう仕事を指すのではないかとさえ思う。

 さて、高野さんの最近のツイッターを見たら、「宮城県の道の駅で納豆パンを発見。カレーパンの中にカレーじゃなくて納豆が入ってる感じ。うましうまし」とあった。この粘り、尋常ではない。今後、朝鮮半島やアフリカまで納豆の旅を続けていくというから、続編を楽しみに待とう。

 ところで、この原稿を書き上げようとして偶然気づいたのだが、この記事の配信日から2日後の7月10日は……なんと「納豆の日」であった(なっ<7>とう<10>)! 本書をこの欄でお勧めしようとしたのも、納豆の見えざる糸に引かれたとしか思えない。 

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。

*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

筆者

高橋伸児

高橋伸児(たかはし・しんじ) 編集者・WEBRONZA

1961年生まれ。「朝日ジャーナル」「週刊朝日」「アサヒグラフ」、論壇誌「論座」、PR誌「一冊の本」、単行本・新書の編集部を経て、2011年から言論・解説サイトWEBRONZA(朝日新聞社)の編集者。つくった本は、『若松孝二 実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』、藤崎康『戦争の映画史―恐怖と快楽のフィルム学―』、中島岳志『秋葉原事件』など。