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[書評]『日本国民であるために』

互盛央 著

中嶋 廣 編集者

憲法を見る目はさまざまに 

 この本は副題に「民主主義を考える四つの問い」とある。それはこういうことだ。

1. 通勤電車で割り込んでくる人と、関わりあうのは厄介だから見てみぬふりをする自分とは、いったいどこが違うのか。
2. 選挙で候補者が自分に入れることはずるいのか。
3. 国会で新しい法案を通そうとしている政府と、それに反対してデモをしている人たちがいて、そのどちらにも気の進まない自分は、いったいどうすればいいのか。
4. 戦争を知らない私は、過去の日本人が犯した罪に、責任を負わなければいけないのか。

『日本国民であるために——民主主義を考える四つの問い』(互盛央 著 新潮選書) 定価:本体1300円+税拡大『日本国民であるために——民主主義を考える四つの問い』(互盛央 著 新潮選書) 定価:本体1300円+税
 こういう導入があって、まず国家はなぜできたのか、という話がくる。ホッブズの「万人は狼」論、ロックの「理性を持った万人」論があって、基本的人権とはどういうものか、立憲主義とは何か、が説かれる。

 つぎに民主主義とは何か、つまり王権神授説から社会契約説へという流れを説き、「一般意思」とは、「個別の意思」や「全員の意思」に先駆けてあるものであり、それはまるで一般言語学のラングとパロールの関係に似ている、ということが言われる。

 そして、いよいよ日本の問題になる。端的に言えば、戦後の平和主義を体現する日本国憲法は、アメリカによって与えられ、しかもその平和主義を守ってきたのは、アメリカとの同盟と自衛隊の存在だった。つまり憲法9条は、原理的に日米安保条約と相互補完的であったのだ。

 だから憲法9条も日米安保条約も、どちらも廃止することが望ましいのだが、しかしどちらもしばらくは動かしようがない。そこで日本国憲法の読み方を変えてみたい、というのが著者の提案である。

 以上のことだけでは、なんのことかわからないだろう。だが、さまざまな創見や提案に満ち溢れた本である。しかし、ここではあえて自分の意見を述べてみたい。

 憲法9条も日米安保条約も、どちらも破棄してしまいたいというのは、いってみれば戦後三代目の意見である。9条による平和条項、つまり非戦条項は、正確に言えば主権制限条項であって、日本は自衛力はもっているが、それを行使する力は持っていなかった。

 繰り返すが、それは三代目以後の意見である。ここで三代目と言うのは、戦争に行った世代を一代目、それを親とするのを二代目(例えば僕だ)、さらにその子供を三代目と称する。もちろん戦争に行ったとは言っても、そこには無数のヴァリエーションがあるだろうが、しかし戦争に行った世代と行かない世代では、全く違うはずだ。

 著者はまた、こう述べたりもする。「日本国憲法が『原子爆弾という当時最大の「武力による威嚇」の下に押しつけられ、また、さしたる抵抗もなく、受けとられている』という事実」。これなどは戦争に行った世代のみならず、同じ世代を生きていた人は、勘違いも甚だしい、噴飯ものである、と激怒するのではあるまいか。

 15年戦争を生き抜いた人たちは、原爆は許すまじと思ったとしても、戦争が終わることに対しては、ほっとしたはずなのだ。だから、この本で言われているような、国家としての主権が不完全であるとか、健全な民主主義には程遠いとかいった議論は、戦争を終わらせることに比べれば、非常に空疎に聞こえるのだ。

 しかし、では著者の議論は畳の上の水泳で、つまらないものだろうか。そうではない。今から20年経てば、戦争に行った人は、間違いなくこの世からいなくなっている。天皇陛下はことあるごとに、あの戦争を思い出せと言うけれど、そういうことを直接思い出す人が、もういなくなってしまう。第一世代は戦後90年たてば、もうどこにもいない。

 そのとき、著者のこの本は威力をもつ。結局、こういう議論を詰めていく以外に、道はないのだ。15年戦争の記憶ではなく、たとえば冒頭の四つの疑問から、憲法を考える以外に方法はないし、またそうすることが当たり前になる。

 けれども放っておけば、基本的人権や国民主権や平和主義はないがしろにされ、もっと言えば、明治憲法に戻したりするような圧力がかかるだろう。ここから20年、何をすべきなのか。戦後90年たったとき、もとへ帰っただけと言われないために、どうすればいいのか。死に物狂いで考えなければならない。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。

*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

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筆者

中嶋 廣

中嶋 廣(なかじま・ひろし) 編集者

1953年生まれ。新卒で入社した筑摩書房はすぐに倒産。9年後、法蔵館へ移籍し、『季刊仏教』を編集しつつ、『上山春平』著作集や養老孟司『カミとヒトの解剖学』などを編集。2001年、トランスビューを設立し、池田晶子『14歳からの哲学』、森岡正博『無痛文明論』、島田裕巳『オウム』、小島毅『父が子に語る日本史』、チョムスキー『マニュファクチャリング・コンセント』などを手がける。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです