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「団地映画」は戦後家族を映す鏡か(下)

『家族ゲーム』『ピカ☆ンチ』『夕凪の街 桜の国』……団地に隠された常ならざる力

菊地史彦 ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師

 その後、「団地」は映画から姿を消す。

 いや正確にいえば、「団地」が戦後日本社会で発揮していた意味が、映画の世界から削げ落ちてしまったというべきだろう。たとえば、森田芳光監督の『家族ゲーム』(1983)の舞台は東京湾岸の高層住宅だが(佐藤大は本作が『しとやかな獣』の引用に満ちていることを指摘している)、私はその光景を「団地」としては見ていなかった。

 『家族ゲーム』の主要な文脈は、80年代における戦後家族の「大きな物語」の消滅であって、その舞台の要件は(本来は)コミュニティ幻想の漂う「団地」ではなく、孤立さえ辞さない自己防衛的な家族の「個宅」だったと思う。

 ただ森田が、離散しかかった家族の“ごっこ遊び”を決定的な暴力へ逢着させないために、「団地」的なものをあえて選んだ可能性はある。

 背景には1980年に川崎市高津区で起きた金属バット殺人事件がある。郊外の一戸建てを舞台に選んだとたん、どんなホームドラマもこの事件への言及を避けられない。その制約から逃れるために、森田が選んだのがいわば「団地のようなもの」だったというのはうがちすぎだろうか。

生き延びた「団地幻想」

 さらに90年代、「団地」は実写映画のテーマにならなくなった。代わりに「団地」的なイメージは、漫画やアニメの世界に別の趣向を伴って現れてくる。

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筆者

菊地史彦

菊地史彦(きくち・ふみひこ) ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師

1952年、東京生まれ。76年、慶應義塾大学文学部卒業。同年、筑摩書房入社。89年、同社を退社。編集工学研究所などを経て、99年、ケイズワークを設立。企業の組織・コミュニケーション課題などのコンサルティングを行なうとともに、戦後史を中心に、<社会意識>の変容を考察している。現在、株式会社ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師、国際大学グローバル・コミュニケーションセンター客員研究員。著書に『「若者」の時代』(トランスビュー、2015)、『「幸せ」の戦後史』(トランスビュー、2013)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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