トム・ムーア監督に聞く 「『わんぱく王子の大蛇退治』に学んだ様式と映像美」
2016年08月22日
8月20日、2014年にアイルランドで制作された長編アニメーション『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』の日本公開がはじまった。国内では第12回アイルランド・アカデミー賞をアニメーション作品として初受賞し、世界でも第28回ヨーロピアン・フィルム・アワード長編アニメーション賞、2015年東京アニメアワードフェスティバル長編部門グランプリなどを受賞、第87回米アカデミー賞長編アニメ—ション賞にもノミネートされるなど賞賛を浴びた注目作だ。
日本国内では映画祭や上映会などで何度か上映されていたものの、なかなか一般公開に至らなかった。今回チャイルド・フィルムとミラクルヴォイスの2社の配給によってようやく実現した。
制作スタジオはカートゥーン・サルーン、監督は同スタジオの創設者の一人、トム・ムーアである。
モチーフの一つは、アイルランドに古来伝わる人間の女性の姿をしたアザラシの妖精セルキー。海辺の家に暮らす家族――人間の父とセルキーの母、その間に生まれた兄のベンとセルキーの血を受け継ぐ妹シアーシャの物語だ。兄妹は妖精のディーナシーたちやフクロウ魔女と出会い、不思議な神話的世界を冒険する。
作品を特徴づける手描きの2Dを基本とした平面的様式による映像美、日本のアニメーションの影響を受けたデザイン、多国籍の制作体制、後継者育成と今後の展望まで、来日したトム・ムーア監督に幅広くうかがった。(2016年6月29日、東京都内にて取材)
トム・ムーア(Tomm Moore)
1977年、北アイルランド・ニューリー生まれ。ダブリンのバリーファーモット・カレッジでアニメーションを学び、1999年、アニメーションスタジオ、カートゥーン・サルーンの創設に参加。初のテレビシリーズ演出作『Skunk FU!』(2007年)は、英BCCや米カートゥーンネットワークなど世界各国のテレビ局で放送され好評を博した。初監督の長編『ブレンダンとケルズの秘密』(2010年)でアカデミー賞長編アニメ映画賞にノミネート。『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』は2作目の監督作品となる。詩人ハリール・ジブラーン原作のオムニバス映画『ザ・プロフェット(原題 Kahlil Gibran's The Prophet)』(2014年)に参加、2015年のカンヌ国際映画祭で上映された。現在、長編監督第3作となる『Wolfwalkers(原題)』を制作中。
カートゥーン・サルーン(Cartoon Saloon)
アイルランドのアニメーション制作スタジオ兼製作会社。ポール・ヤング、トム・ムーア、ノラ・トゥーミーが1999年に設立。長編映画『ブレンダンとケルズの秘密』『ソング・オブ・ザ・シー』(トム・ムーア監督)を製作。短編や『ウーナとババの島』などのテレビシリーズも製作。現在、デボラ・エリス原作のべストセラー『生きのびるために(原題/The Breadwinner)』(ノラ・トゥーミー監督)をエアークラフト・ピクチャーズと共同製作中。今やヨーロッパを代表するスタジオに成長しつつある。
*公式サイト
『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』 原題/SONG OF THE SEA
監督/トム・ムーア 脚本/ウィル・コリンズ アートディレクター&プロダクションデザイン/エイドリアン・ミリガウ ヘッド・オブ・ストーリー/ノラ・トゥーミー 音楽/ブリュノ・クレ、KiLA 2014年/93分/アイルランド・ルクセンブルク・ベルギー・フランス・デンマーク合作/カラー
*公式サイト
「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた展」
8月28日(日)まで開催中(入場無料)
会場/hako gallely(東京都渋谷区西原3丁目3-1-4)
《注1》『ブレンダンとケルズの秘密』 原題/The Secret of Kells
2009年フランス・ベルギー・アイルランド合作、75分。トム・ムーア監督の長編第1作。共同監督/ノラ・トゥーメイ、助監督/レミ・シャイア。第82回米アカデミー賞長編アニメーション賞ノミネート作品。日本では一部上映会などで上映されたものの、未だ一般公開はされておらず、ソフト化も未定。
トム・ムーア ありがとうございます。日本の多くの皆さんに私たちの作品を楽しんでもらいたいと願っています。
――『ソング・オブ・ザ・シー』の作品全体の様式や個々のデザインについては、前作『ブレンダン−−』から継承されている点と、変更されている点の双方を見出すことが出来ます。まず、キャラクターのデザインについてお伺いします。本作の主人公であるベンとシアーシャの兄妹と母親のブロナーたちの眼の描き方は、前作とはかなり違っています。一言で言うと、より可愛らしく大きな眼になっているように見えます。
ムーア 『ブレンダンとケルズの秘密』では、ケルトの古来から伝わる渦巻模様の様式を全体に活かしていました。背景もキャラクターの造形も全て二重丸、三重丸が基本でした。
今回は家族の話ですし、もっと柔らかい印象のデザインにしたいと考えました。特にブロナーとシアーシャは妖精ですから、他のキャラクターと違ったデザインにして際立たせたいと思いました。一目で「異世界の者」と分かるような印象を与えたかったのです。ベンも同じ眼をしていますが、これは親子である証なのです。一方で、ベンの太い眉はコナー(父親)と同じです。
――西欧のセルアニメーションのキャラクターは、上瞼と下瞼を黒い実線で括って描く「円形」や「横楕円型」の眼の描き方が一般的です。しかし、日本では上瞼だけを太く描き、下瞼はほとんど描かず、その間を肌色や白で結ぶ「縦楕円型」の大きな眼が一般的です。本作のキャラクターの一部に、日本的デザインが導入されていると感じました。
ムーア その通りです! 私たちは、他にも日本の作品から様々なインスピレーションを得ました。当初、私は線で括った眼を描いていました。これだと少しハードかも知れないと思っていたところ、マリーさん(トム・ムーア監督と共同でキャラクターデザインを担当したMarie Thorhauge氏)が、この眼を描いて見せてくれたのです。確かにこちらの方がソフトだ、ということで意見が一致しました。
――鼻を「く」の字で小さく描くというのも日本的特徴と共通しています。ベンは丸い鼻ですね。真正面を向いた時も鼻だけ横向きに描かれています。正面のレイアウトは多用されていますが、鼻をどう描くのかという迷いはなかったのでしょうか。
ムーア そこはあえて考えていません。ずるいですね(笑)。この作品では美術のレイアウトも特殊なアングルで描いていますので、画面全体に馴染んでいれば問題ないと思っています。
――迷いのない選択だったのですね。大きな眼と小さな鼻と口を持った日本的キャラクターは平面的な造形です。英語圏で普遍的な「キャラクターアニメーション」には適しません。表情筋の収縮で喜怒哀楽を誇張するキャラクターアニメーションを踏襲する方向性とは初めから異なる方向を選ばれていると考えて良いですか。
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