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必見! 黒沢清『クリーピー 偽りの隣人』(上)

アンチ・ミステリー的スリラーの衝撃

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

予測不能な未知の世界

 黒沢清監督は、世界的な“マスター・オブ・ホラー(恐怖映画の巨匠)”であるばかりか、ホラーというジャンルには収まらない、異形の“人間ドラマ”の名手でもある。

 そして驚くべきことに、黒沢の新作は毎回、期待に応えつつ期待を超えてしまう。前川裕の小説を原作に仰いだ、今回の『クリーピー 偽りの隣人』も例外ではない。ジャンル的にはサイコ・スリラー+ホラーと呼べる本作では、黒沢ならではの、おぞましい出来事が濃(こま)やかに描かれる一方で、まったく予測不能な未知の世界が出現し、観客は何度もノックダウンされる。

もちろん、なんの予備知識なしに本作を見ても、そのCREEPY(クリーピー)さ、すなわち「ぞっと身の毛がよだつ不気味さ」に呪縛され、魅了されること請け合いだ(以下、ネタバレあり。なお後述するが、黒沢清+池田千尋の脚本は、原作小説からさまざまなインスピレーションを受けつつも、原作のストーリーや人物設定を大幅に改変した)。

――元刑事で犯罪心理学者の大学教授・高倉(西島秀俊)は、刑事時代の同僚・野上(東出昌大)から、6年前に起きた未解決の「日野市一家失踪事件」の分析を依頼される。高倉は、事件の唯一人の生き残りであり、事件当時中学3年生だった長女・早紀(川口春奈)の記憶を探るも、核心をつかめない。

「クリーピー 偽りの隣人拡大『クリーピー 偽りの隣人』=提供/アスミック・エース
 一方、新居に引っ越した高倉と妻の康子(竹内結子)は、奇妙な隣人・西野(香川照之)と関わりを持つ(西野が言うには、彼が同居している家族は、病弱な妻<最所美咲>と中学生の娘・澪<藤野涼子>)。

 表情筋が発達しすぎて、いつも顔が引きつっているような、どこか爬虫類めいて薄気味悪い西野は、相手をはぐらかすような、しかし巧みに人心を掌握するような話術を本能的に身につけていた。

 要領を得ない受け答えをしたり、突拍子もないことを言ったり、あるいは不機嫌になったり上機嫌になったり、高圧的になったり低姿勢になったりと態度を急変させ、話の腰を折り、話を変な方向にズラしながら、ふっと相手の心の中に入り込む。

 そして、そんな“人たらし”西野の話術は、次第に高倉夫婦の生活のリズムを狂わせていく(西野の物言いは、黒沢の最高傑作の一本であり、日本スリラー映画史上の記念碑的傑作でもある『CURE/キュア』の殺人教唆犯、萩原聖人の、次々と問いを横滑り的に発し、相手から「答える」という行為そのものの意味を奪い、相手を混乱させ、精神的に支配してしまう話術の変奏だ)。

 そんなある日、高倉家の、西野家を一軒挟んだ隣家・田中家が放火され爆発し、焼け跡からは高齢の田中母娘と野上刑事が遺体で発見される(失踪事件に関して、日野市郊外の本多家の隣家・水田家が怪しいと踏んだ野上刑事は、廃屋と化した水田家から5体の腐乱死体を発見していた)。

 やがて高倉が、西野と一家失踪事件および放火殺人事件との関係に気づいた時、彼と康子は、すでに西野の仕組んだ恐るべき罠に落ちていた……。

あっけなくバラされる謎

 このように展開する『クリーピー』は、しかしながら、ミステリー(謎解き)映画ではない。むろん、ある時点までは謎――観客や高倉夫妻や野上刑事にとって未知のもの――は、映画を牽引する要素のひとつだ。つまり前半では、一家失踪事件の真相が、解かれるべき謎として設定される。

 そして、犯罪心理学者の高倉や現職刑事の野上が、文字どおりのディテクティブ(探偵・警官)として、事件の真相解明を試みる(英語のdetective storyは推理小説のこと)。

 また、ねじくれた性格であることは一目瞭然だが、かといって精神を深く病んでいる風でもない西野の正体も、まさしく謎である(軽妙でとらえどころのない香川照之の演技は、他の黒沢作品――『蛇の道』『トウキョウソナタ』『贖罪』――でも好調だったが、他の監督の作品における彼の演技(顔芸)は、アクが強すぎて白ける場合が多い)。

 さてしかし、中盤で映画は、一家失踪事件と放火殺人事件の犯人が西野であることを、あっけなくバラしてしまう。放火事件の直後、高倉は西野が犯人であることを直感し、観客もおそらく西野がホシだと予感するので、この事実の露見そのものに、推理小説的なサプライズはない。

 むしろ予想どおりの運びである。犯人=西野はおのずと正体を現わすので、謎の結び目はひとりでに解(ほど)けていく、といえようか。

 いや、こういう言い方は誤解を招く。

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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