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[書評]『山谷 ヤマの男』

多田裕美子 著

西 浩孝 編集者・大月書店

ドヤ街に生きる男たちの肖像  

 東京の台東区と荒川区にまたがる日雇い労働者の街、山谷(さんや)。簡易宿泊所(ドヤ)が軒を連ね、大阪の釜ヶ崎、横浜の寿町とならぶ「寄せ場」として知られている。高度成長期、地方から出稼ぎにきた人々は、この場所で仕事を得、寝泊まりし、都心につぎつぎとビルや道路、地下鉄を完成させていった。

 だが、バブル崩壊後、日雇いの仕事は激減し、路上生活者が街にあふれた。山谷で食堂を営む両親のもとで育った写真家・多田裕美子が彼らに目を向けたのは、ちょうどそのころだった。幼いときには気づかなかった、街と人のすがた。1999年から2年間、山谷にある玉姫公園に毎週通って、120人の男たちの肖像を撮った。本書には、それらの写真と当時の思い出をつづった文章がおさめられている。

『山谷 ヤマの男』(多田裕美子 著 筑摩書房) 定価:本体1900円+税拡大『山谷 ヤマの男』(多田裕美子 著 筑摩書房) 定価:本体1900円+税
 多田裕美子の写真を、どうかぜひ見てほしい。これまでに日の目を見なかったのが、不思議でならない。

 彼女が写した男たちは、やさしく、力強く、ときに滑稽で、個としての圧倒的な存在感を放っている。彼らの人生が凝縮されたようなポートレイトだ。ため息が出るほど、美しいと思う。

 「ありがちな山谷の写真は撮りたくなかった。テレビや新聞の報道では、孤独や貧困、暴力や危険なイメージをかりたてる映像ばかりが、垂れ流されていた。それも虚像ではないのだが、あまりにもそればかりだった。/けんかをしたり、酔っぱらって路上に倒れていたり、暴動シーンだったり、山谷の男たちはそんな報道に嫌気がさし、辟易していた。だからカメラなどぶら下げて歩いていようものなら、カメラは取り上げられ壊されてもおかしくなかった。/背景も写らない、あえて山谷といわないと、どこで撮った写真かはわからない、山谷の男の顔、姿だけで、見る人が何かかき立てられるポートレイトを撮りたかった。山谷の男だけがもっている、もたされている生の証を写したかった。」

 多田は、公園で男たちと花札をし、酒を呑み、自分から彼らに近づいていった。無断で撮らず、本名を告げ、撮った人にはかならず写真を渡した。

 写真嫌いのはずの山谷の男たちが、「写真屋のネエちゃん」のカメラの前では、自分をさらけだした。殴られて鼻が曲がっている顔、指のない刺青の体、路上の風雪を刻まれた顔、じっと見据えた眼。撮影を意識しておしゃれをしてくる人もいる。まっとうに生きてきた、愛おしい男たち。

 「優しさと怒りが極端に強い街、自分と同じひとりがいる街、過去を語らず、ひたすら酒を呑む男たち、滑稽なくらい最後まで、自分と生きた男たちがいた街」。それが山谷だった。

 この街に生きる人々は、「さんや」とは言わず「ヤマ」と呼ぶ。誇り高き、いきがる男たちには、この呼び方が似合っている。多田裕美子が写真と文章で刻みつけた彼らの生は、時をこえた輝きを私たちに見せつける。光と闇の芸術である写真に、彼らほどふさわしい被写体はいない。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。

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 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

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筆者

西 浩孝

西 浩孝(にし・ひろたか) 編集者・大月書店

1982年生まれ。大月書店編集部勤務。編集した本に、藤井貞和『言葉と戦争』、宮地尚子『傷を愛せるか』、アモス・オズ『わたしたちが正しい場所に花は咲かない』、代島治彦『ミニシアター巡礼』、鎌田遵『ドキュメント アメリカ先住民―あらたな歴史をきざむ民―』、NHK取材班『あれからの日々を数えて―東日本大震災・一年の記録―』、青木深『めぐりあうものたちの群像―戦後日本の米軍基地と音楽1945-1958―』など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです