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必見! 黒沢清『クリーピー 偽りの隣人』(下)

空間描写の素晴らしさ

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 黒沢清作品の最重要ポイントのひとつは、空間設計および空間描写である。

 たとえば、入念に選ばれたロケ場所や、綿密に設計されたセット空間を、どのようにカメラで切り取るか。光の加減をどうするか。家屋の外観や、室内の居間、階段、窓、廊下、壁、扉、カーテンなどを、あるいは屋外の、道、庭、公園、空き地、林、草むら、水辺などを、どう画面に収めるか。それらのスペース内で、役者をどう動かすか、風をどう吹かせるか……。

香川照之さん、竹内結子さん、黒沢清監督、西島秀俊さん、深沢宏プロデューサー=ベルリン拡大『クリーピー』の出演者と監督。右から香川照之さん、竹内結子さん、黒沢清監督、西島秀俊さん=2016年2月のベルリン国際映画祭で
 こうした空間演出において、類いまれな才能を発揮してきた黒沢清は、『クリーピー 偽りの隣人』でも、高倉や西野の家、日野市の事件現場、警察署、大学の研究室などを、目を見張るような鮮明さで撮りおさえている(撮影は黒沢組の常連、名手・芦澤明子)。

 まず『クリーピー』の要(かなめ)のひとつが、高倉家、西野家、田中家がコの字状に3軒並んでいるという家屋の配置/立地であることは、いうまでもない。――序盤で、西野が6年前、その家族にパラサイトし支配し崩壊させた日野市の本多家、水田家も、やはり当時の西野の家を真ん中にしてコの字状に配置されていた事実に、高倉は気づく。

 またラスト近く、西野は(顔の片側をギュッと引きつらせ)望遠鏡をのぞき、コの字状に隣接した3軒の家を目ざとく発見する……という風に『クリーピー』は、家屋の隣接性につけ込み家族乗っ取りを遂行する西野の、奇妙に“合理的”な犯罪を軸にした<隣人スリラー>の傑作でもある。

見応えのあるロケ・セット

 さらに部屋同士の隣接性が異様にきわだつのは、西野が澪/藤野涼子やその家族を拉致監禁している、彼の自宅の半地下である。――凄惨きわまりない残酷劇がくりひろげられる、廊下によって1階とつながったその部屋は、しかし過度の生々しさは減殺(げんさい)されている。その造りが、いくぶん古典的な怪奇ホラーの趣のある、ケレン味たっぷりの、人工的で幻想的なセット空間だからだ(それでも十分恐ろしいが)。

 たとえば、死体をビニール袋に封入して真空パックする(!)ための

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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