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被害者を裁き「レイプ神話」を再生産する者(上)

メディア・ブロガーの被害者バッシングに反論する

杉田聡 帯広畜産大学教授(哲学・思想史)

 高畑裕太氏による「強姦」事件をめぐり、メディア・ブロガー等が被害者に加えた「セカンドレイプ」(二次被害)について私見を述べる。それとの関連で、性犯罪被害者が陥る状況と、レイプ神話について記しておきたい。

女性は被害者である

 最初に私の立脚点を記す。検察は「容疑者」を、世間の予想に反して不起訴とした。そのため、事件には不明なことが多い。だが私はここで、「ああも言われる、こうも言われる」といった総花的な議論はしない。私は、女性が被害者であるという立場で以下を論ずる。

高畑裕太氏拡大高畑裕太氏は釈放されたが、被害者への「セカンドレイプ」問題や「弁護人の説明」への疑義など波紋が広がっている
 これはただの便宜的な立場ではない。私は、女性は被害者であったと確信する。

 これまでの報道を総合すると、被害女性の職業はホテルのフロント係である。事件は夜半に発生したが、その時、持ち場に他の同僚はおらず、被害女性はたった一人で業務に携わっていた。この点については、どのメディア・ブロガーにも異論はない。

 にもかかわらず、これを無視した憶測がメディア・ネット空間に氾濫している。被害女性が高畑氏と一緒にエレベーターに乗り込んで、その客室に向かったというのがその典型例である。

 だが被害女性が自らの業務を放棄して、しかも性行為にかかる一定時間持ち場に戻れないことを知りつつ、氏の部屋に向かったというようなことは、とうてい考えにくい。ホテル業界は、夜間とはいえ従業員のそうした行動を可能にするほど甘い業界ではない。

 同様に、自らの愛人との関係を解消するために、女性が氏を意図的に利用したなどということもありえない、と私は判断する。

女性に対する信頼と性差別

 フロント係の職業上の任務に関わるこの基本的な点が満足に問われないまま、安易なバッシングが被害女性に加えられてきた。これは、性犯罪に見る世間の一般的な傾向の縮図である。

 世間には、女性は性に関わる問題で嘘をつくという前提に立つ中傷が多いが、女性をこの社会を構成する対等な相手として遇するからには、その証言に、男性の証言と同様の信頼性を置くべきである。男性の証言がそれ自体で――女性の場合に比べてはるかに――尊重されるのと同様に、女性の証言も信頼に値するものと見るところから出発しなければならない。

 そもそも、まともな男性なら、女性の態度や発言から真実の思いをある程度想像・理解できるはずであるし、想像・理解しようと努力しなければならない。だが、それらの点が問われないまま、性的関係が問題となる場面にあって、女性を、嘘をつくという前提で見るのは根強い性差別であり、これこそ現代社会が第一に払拭すべきひずみである。「性差別」という言葉は日本語では軽く響くが、レイシズム(人種差別)と同様の深刻な帰結を、セクシズム(性差別)は社会にもたらす。

 「疑わしきは被告人の利益に」は近代刑事訴訟上の原則である。だがそれは、被害女性をはじめから疑ってかかることを推奨する標語ではない。被害者の証言にまず信頼を置くのが大原則である。もちろん、司法当局としては真実を見極めようとする過程で、被害者の証言をこまかに検証する必要があるとしても、証言に対する信頼の姿勢が出発点に置かれなければならない。嘘をつくという前提を置いて、対等なパートナー=女性を遇してはならない。

示談成立と不起訴処分

 ところで、今回、検察が示談成立後に不起訴と決定したのであれば、実際示談の成立が不起訴の要因となった可能性が非常に高い。だが弁護側が、メディアに送付した「弁護人の説明」なる文書に、「他の関係者の話を聞くことはできませんでしたので、事実関係を解明することはできておりません」と記しているのは、奇妙である。

 示談が成立した以上、その間多かれ少なかれ弁護士が、被害者側との交渉に関わったと判断される。何しろ強姦事件であれば、示談金は1万円、10万円の話ではないはずである。当事者同士だけで、密室で示談が行われたとは考えにくい。むしろ弁護士は、多かれ少なかれ示談交渉に関わっており、その過程で「他の関係者の話」を聞いたであろうし、「事実関係」もかなりのていどにおいて把握していた、と判断すべきである。

 にもかかわらず、弁護士が事実関係は解明できていないと記すとすれば、それは解明できていないという言い分が事実だからではなく、「事実関係」を隠したいからであろう。

 そもそも「弁護人の説明」において、一般論の形においてであるとはいえ、「同意のもとに性行為が始まっても、強姦になる場合があ(る)」、「男性の方に、女性の拒否が伝わったかどうかという問題があ(る)」、といった記述が見られるが、この記述はあたかも、それが今回の「事件」の真相であるかのように思わせる効果をねらって、なされたのであろう。

 こう書かれれば、今回の被害女性が実際高畑氏との性関係に同意していた、あるいは少なくともそれへの拒否の姿勢を明確に示さなかった、というのが真実であるかのように思われてくる。実際、「事実関係を解明することはできておりません」という先の文を介して、弁護人は、高畑氏は女性に「合意があるものと思っていた可能性が高く」云々と記している。もちろん、先にふれた事情から、女性に合意があったなどとは考えにくい。

 そもそも一般に強姦事件の容疑者は、相手が合意していたと主張することが多い。だが、被害女性が男性の側からの性的働きかけに合意していたなどということは、一般にはほとんどない。一見女性が抵抗もせず、逃げようともしていないように――少なくとも加害者に――見えたとしても、それは性関係に合意していたからではなく、女性が恐怖に陥っていたためである(これについては後述する)。

被害者を裁くメディア・ブロガー

 私がネット上で見た被害女性に対するメディアおよびブロガーのバッシングは、すさまじい。そのうち六つを、以下にとりあげる。 ・・・ログインして読む
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筆者

杉田聡

杉田聡(すぎた・さとし) 帯広畜産大学教授(哲学・思想史)

1953年生まれ。帯広畜産大学教授(哲学・思想史)。著書に、『福沢諭吉と帝国主義イデオロギー』(花伝社)、『逃げられない性犯罪被害者——無謀な最高裁判決』(編著、青弓社)、『レイプの政治学——レイプ神話と「性=人格原則」』(明石書店)、『AV神話——アダルトビデオをまねてはいけない』(大月書店)、『男権主義的セクシュアリティ——ポルノ・買売春擁護論批判』(青木書店)、『天は人の下に人を造る——「福沢諭吉神話」を超えて』(インパクト出版会)、『カント哲学と現代——疎外・啓蒙・正義・環境・ジェンダー』(行路社)、『「3・11」後の技術と人間——技術的理性への問い』(世界思想社)、『「買い物難民」をなくせ!——消える商店街、孤立する高齢者』(中公新書ラクレ)、など。

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