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96分の佳品、『ハドソン川の奇跡』

数値化できない“人的要素”の勝利

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

英雄となった機長の顚末

 86歳という、ハリウッドの現役監督では最高齢のクリント・イーストウッドが、実話にもとづく『ハドソン川の奇跡』を撮った。監督デビュー作の傑作スリラー、『恐怖のメロディ』(1971)から数えて35本目の作品だが、2009年に起きた未曽有の航空機事故からの生還劇、および英雄となったチェスリー・“サリー”・サレンバーガー機長が一転、乗客を危険にさらした容疑者として召喚される顛末が描かれる。

『ハドソン川の奇跡』ワーナー・ブラザース提供 Courtesy of Warn拡大『ハドソン川の奇跡』=ワーナー・ブラザース提供 Courtesy of Warn
――真冬の1月15日、ニューヨークのラガーディア空港を離陸したUSエアウェイズ1549便のエアバスは、直後、大型の鳥(カナダガン)の群れに衝突。高度わずか850メートルで鳥を吸い込んだ両エンジンは停止、機体は推力を失い、みるみる高度を下げてゆく。このままでは、眼下に迫る大都市マンハッタンへの墜落は避けられない……。

 そんな絶体絶命の状況下、経験豊富なサリー機長(トム・ハンクス)は瞬時の判断により、きわめて困難なハドソン川への不時着水を“奇跡的”に成功させ、乗員乗客155名の全員が無事に生還する(離陸から5分弱で着水、その後の乗客の救出は24分間で完了した)。

 ところが前述のように、サリー機長に思わぬ疑惑がかけられる。ハドソン川への不時着水は危険すぎる無謀な判断ではなかったか? ラガーディア空港に引き返す、あるいはニュージャージー州ティターボロ空港への緊急着陸、という選択肢もありえたのでは?……国家運輸安全委員会の追及は、サリーを追い詰める。マスコミも委員会の聴聞に追随するかのように、サリーの決断に疑惑を投げかける。

 そんな中、サリーの不安、戸惑い、プロとしての矜持(きょうじ)が交錯する。そして、副操縦士ジェフ・スカイルズ(アーロン・エッカート)ら乗員や、健気な妻(ローラ・リニー)だけが孤立したサリーを支える。

 委員会側は公聴会で、不時着水ではない、<ありえたであろう空港への緊急着陸>のコンピューター・シミュレーションを提示し、サリーを問いただす。だがサリーは、そのシミュレーションには、鳥との衝突後、彼がハドソン川への不時着水を決断するのに要した35秒間(!)を計算に入れていないと指摘し、シミュレーションのやり直しを要求。そして新たなシミュレーションにより、サリーの“究極の判断”が正しかったことが証明されるが、彼はそこで、高度に発達したコンピューター・システムもそれをコントロールする“X”、すなわち数値化できない「人的要素(ヒューマン・ファクター)」が不在なら誤りを犯す、といった意味の決め台詞を口にし、その場をしめる。さすがイーストウッド、心憎い演出だ――。

人間ドラマかつ第一級のアクション映画

 だがそれにしても、航空史上でも例を見ない飛行機事故からの生還劇を題材にしながらも、

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

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