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書評『新しい日米外交を切り拓く』(猿田佐世著)

多様な声をワシントンに届け、外交に民主主義を反映させる

竪場勝司 WEBRONZA編集部員

 「外交は国の専管事項だ」。政府関係者や政治家がよく口にする言葉だが、はたしてそうか? それでいいのか?

 この本は、日本の外交の現状に疑問を持ち、外交を「市民にひらかれたもの」にしようと果敢に挑戦を続けている、一人の女性の物語だ。

拡大『新い日米外交を切り拓く――沖縄・安保・TPP、多様な声をワシントンへ』(猿田佐世 著 集英社)定価本体1400円+税
 「大人になったら国連で働くんだ」と小学生の頃に決めていたという著者は、弁護士資格が国連で働く近道と考え、日本で弁護士となった。大学時代から国際人権NGO「アムネスティ・インターナショナル」の会員として積極的に活動していたが、日本での5年間の弁護士生活でも、難民問題や女性差別、刑務所問題などさまざまな人権問題に取り組んだ。

 2007年、著者はニューヨークにあるコロンビア大学のロースクールに留学し、アメリカ最大の国際人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)」でインターンとして活動。国際的な影響力を持つHRWで、プロの人権活動家であるスタッフたちから、世界各地の人権侵害の調査方法やロビイングの手法などを学ぶ日々を過ごした。

「限られた声」が日米外交に反映

 国際関係学の修士課程に進むため、2009年夏にワシントンに引っ越したが、これが著者の人生を変えるきっかけとなった。アメリカの首都・ワシントンは人口わずか65万人だが、国際政治の舞台であり、日米外交の現場だ。ワシントンで感じた「違和感」を、著者は次のように振り返る。

 私がワシントンで見聞きした「日本論」には、民主主義の根幹である「多様性」が欠けていた。特に日米外交をめぐる議論については、日本からアメリカへ届く声は日本政府の声がそのほとんどを占め、アメリカからの情報はアメリカ政府の声か、でなければ「知日派」と呼ばれるアメリカ内の限られた日本専門家からの声がその多くを占めていた。アメリカ政府の対日政策の決定にも政権内外の知日派が関与している。アメリカの知日派からの情報があたかも「アメリカのすべて」のように取り扱われ、日本政治に大きな影響を与えている。日米両国を行き交う情報には大きな偏りがあり、結果として「限られた声」が日米外交に色濃く反映されていた。

 著者の調査によれば、日米外交に影響力を持つ「知日派」は少なくて5人、多くても30人だという。彼らは自民党政権とのつきあいを得意としており、「憲法改正」「イラクへの自衛隊派遣」といった「アメリカの声」を作ってきた人たちでもある。

沖縄の声を届けるために米議会でロビイングを開始

 2009年12月、著者は普天間基地移設に関する「沖縄の声」を届けるために、米議会で初めてロビイングをした。日本では民主党に政権交代し、鳩山政権が普天間の移設先を「国外、最低でも県外」とする政策を打ち出していた時期だ。著者はワシントンの日本コミュニティの日本人の中にも普天間基地の県外移設に賛成する人がいるのではないかと考え、多くの人に会い続けたが、そうした考えの人にはなかなか出会えなかった。日本で世論調査をすれば、少なくとも半数近くが辺野古移設に反対だと思われるが、その日本の状態と、ワシントンにおける「日本」はまったく異なっていた。

 鳩山首相に呼応するように、この時期の沖縄では辺野古移設に反対する運動が盛り上がっていたが、その声はアメリカに届いていなかった。日本から「ワシントンでとにかく動いてくれ」との連絡が入ったこともあり、著者は米議会へのロビイングに取り組むことを決めた。初めてのロビイングは、米議員の沖縄問題への関心の低さを痛感させるものだったが、著者は地道にロビイングを続けた。日本の国会議員のワシントン訪問のサポート活動にも積極的だった。

 ワシントンには「これが今の世界の問題です」とアジェンダ(議題)を設定し、それを世界に発信する力がある。日本国内ではニュース性のないことでも、日本の政治家がワシントンで話せば、日本において「重大なニュース」になる。このワシントンの効用を、著者は「ワシントンの拡声器効果」と呼んでいる。この拡声器効果は、知日派の発言においても発揮される。

メディアの問題点も指摘

 本書では、日本のメディアの問題点についても、以下のように鋭く指摘している。

 ワシントンには日本語で記事を書くフリーの記者はいない。日本の大手メディアが「この情報は不要である」と判断すれば、そのニュースは日本の私たちの目に触れることはなくなるし、ある大手メディアが「この情報は載せる」と判断すれば、日本のほとんどの大手メディアが書くような状態になっている。一方、ワシントンの影響力を理解している日本政府や大企業は、ロビイストやシンクタンクに情報を提供し、時に億単位の資金を提供している。そして自分たちが日本で広めたい声を、アメリカが発信したという形で日本に送っている。報道でしか情報を知るすべがない日本の私たちは、それを「アメリカの声」だと理解して大きな影響を受ける。

外交に関心を持つ「プレーヤー」を増やす

 「一部の人の声しか運ばない今の日米外交システムはおかしい」と危機感を抱いた著者は、知り合いの学者やジャーナリストにも呼びかけ、日本でシンクタンク「新外交イニシアティブ(New Diplomacy Initiative=ND)」を2013年に設立、事務局長に就任した。NDが取り組んでいるのは沖縄の問題だけではなく、「安保」「原発」「TPP」「日中外交」「東アジア歴史問題」などさまざまな問題でプロジェクトを展開している。頻繁に講演会やシンポジウムを開催して、外交に関心を持つ「プレーヤー」を一人でも増やそうと取り組んでいる。

 日本の外交を転換させるのは、簡単なことではない。しかし、多様な現場の声を尊重し、市民にとって「遠い」存在と思われている「外交」に民主主義を反映しようと実践を重ねてきた女性の記録を読むと、「新しい外交」が実現する可能性に希望が見えてくる。

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筆者

竪場勝司

竪場勝司(たてば・かつじ) WEBRONZA編集部員

1982年、朝日新聞入社。名古屋社会部次長、岐阜総局長、ゼネラルマネジャー補佐、デジタル担当補佐などを経て、2016年3月からWEBRONZA編集部員。