現在のローマ字は日本語の特性を無視している
2016年11月22日
2020年の東京オリンピック競技大会に向けた準備が、各方面でなされている。オリンピック自体、多くの問題をはらむが(これについてはいつか論ずる)、ここではオリンピックそのものではなく、その準備に関連した話題をとりあげたい。
私が論じたいのは、標識のローマ字表記の問題である。これは現行では、外国人のための「道路標識改善の取組方針」(国交省)として論ぜられているが、問題が多い。道路標識問題は、より広く外国人のための日本語のローマ字表記に、ひいては、外国人と日本人の意思疎通(コミュニケーション)をいかに容易にするかに関わる。
最初に記しておきたいのだが、日本ではローマ字(ラテン文字)の字母を「アルファベット」と呼ぶ誤解が広く見られる。
アルファベットとは、各種表音文字を構成する字母のことである。世界にはたくさんの表音文字と、そのアルファベット(字母)がある。ギリシャ文字、キリール文字、アラビア文字、ヘブライ文字、等。お隣韓国のハングルもそうだし、アジアには各言語ごとに表音文字があると言ってよいほどである。
だが、そのうちローマ字の字母だけを無条件で「アルファベット」と呼ぶのはどんなものか。国会図書館でさえ、ローマ字を「アルファベット」と記していることに驚かされる。これは、世界の多様性を理解させるための障害にならないか。
パソコンのキーボードを含めこの種の言い方――そこには「英数」という文字が見える――が日常的になされているようである。
だが、「ローマ字」は文字であるが、「英語」は文字ではなく言語である。それは、文字をもたない、あるいはもたないできた言語を考えれば、ただちに理解可能であろう。アイヌやイヌイットは近年まで、文字をもたなかった。日本人も、1800年前までは文字をもたなかった。
おまけに、同じローマ字を使う言語はたくさんあるのに、そのうち「英語」(イギリス語)を特権視するのもおかしい。ドイツ語もフランス語も、イタリア語もスペイン語も、デンマーク語もチェコ語も、みなローマ字を使っている。
だが、なぜ日本ではローマ字をすぐ「英語」に直結させるのか。この点でも、世界の多様性への理解がはばまれてしまう。特に「英語」は、日本の外国語教育において不当に特権視されているため、なおのことそうである。
たしかに、日本語のローマ字表記は、一般に英語式で行われている。「ヘボン式」と呼ばれているのがそれである。だが、だからといって「ローマ字」を「英語」と表記するのはおかしい。私の氏名は杉田聡だが、ローマ字ではSugita Satosiと記している。これは英語ではなく、ローマ字で表記した日本語である。
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