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北翔海莉というトップスターの他に類を見ない魅力

【ヅカナビ】星組「桜華に舞え」の異色感から

中本千晶 演劇ジャーナリスト


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 11月の東京・日比谷は、晩秋にもかかわらず桜の花が舞っているかのようだ。星組トップスター北翔海莉のサヨナラ公演が行われているのだ。その「桜華に舞え」は、戊辰戦争で活躍し西南戦争で散った桐野利秋(中村半次郎)という人物にスポットを当てている。めくるめくスピード感が心地良い舞台である。

 桐野の幼なじみであり、やがて別々の道を歩むこととなる衣波隼太郎を次期トップスターとなる紅ゆずるが演じ、桐野が命を助け、やがて心を通い合わせることとなる敵方会津藩の娘・大谷吹優を、北翔と共に退団するトップ娘役・妃海風が演じている。そして、北翔の同期であり、同時退団する美城れんが西郷隆盛を演じるなど、いかにもタカラヅカらしい見どころも多く、客席では多くの人が涙した。

 だが、今回の作品、タカラヅカでもこれまで数々上演されてきた幕末物とどこか違う。そしてその異色感が、北翔海莉というトップスターの他に類を見ない魅力と、分かち難く結びついている気がするのだ。

圧倒的に多い、幕末を舞台にした作品

 激動の時代はドラマになりやすい。というわけで、タカラヅカの日本物でも圧倒的に多いのは、戦国時代と幕末を舞台にした作品である。何度か再演された物としては、新撰組の沖田総司を主人公とした「星影の人」(1976年・2007年・2015年/雪組)や、坂本竜馬を主人公とした「硬派・坂本竜馬!」(1989年/花組)・「RYOMA ―硬派・坂本竜馬!II―」(1996年/花組)・「維新回天・竜馬伝! ―硬派・坂本竜馬III―」(2006年/宙組)のシリーズが思い浮かぶだろう。

 このほか新撰組の土方歳三を主人公とした「誠の群像」(1997年/星組)や、岩崎彌太郎を主人公とした「猛き黄金の国」(2001年/雪組)もあった。最近では「JIN ―仁―」(2012年/雪組・2013年/月組)があるし、今年雪組で上演された「るろうに剣心」も幕末の物語だった。

 ちなみに北翔は幕末物に縁のあるスターで、「維新回天・竜馬伝!」では桂小五郎(木戸孝允)、「JIN ―仁―」では勝海舟と、維新の立役者を2人も演じている。山口県出身の筆者にとっては「維新回天・竜馬伝!」の桂小五郎はとくに印象深く、頰ずりをして「逃げの小五郎」のエピソードをユーモラスにみせたワンシーンのことは今でもよく覚えている。

どこか異彩を放つ「桜華に舞え」

 こうした過去の幕末物と比べても、「桜華に舞え」はどこか異彩を放っている。何が違うのか? それは次の3点にあるのではないかと思う。

その1)維新ではなく「維新後」

 幕末物のクライマックスといえば何といっても大政奉還、そして戊辰戦争へのくだりである。タカラヅカでも、その前後のドラマが描かれることが多かった。だが「桜華に舞え」での戊辰戦争は冒頭の回想シーンに過ぎない。むしろ、ドラマの中心に据えられるのは「維新後」に生じたゆがみである。維新に華々しく散った者ではない、もっと後の、いわば「時代の敗者」とでも言うべき存在に光を当てている。

その2)メジャーでなくマイナー

 また、これまでの作品では坂本竜馬や沖田総司といった、今なお歴女に大人気のスターというべき有名人が主人公となることが多かった。また、主人公を取り巻く主要キャストも、名前は誰もが知っているような人物がそろうことが多かった。

 ところが今回の主人公の桐野利秋という人物、歴史マニアは別として、多くの人はこれまで名前も聞いたことがなかったのではないか? それ以外の登場人物も、メジャーどころは少ない。この物語は、維新に翻弄(ほんろう)された無名の人々の物語でもあるのだ。

その3)帝都でなく地方

 そして物語の舞台もほとんど鹿児島であり、セリフでも鹿児島弁が徹底して使われている。決めゼリフ「泣こかい 飛ぼかい 泣こよかひっ飛べ!」も古くから鹿児島に伝わる言葉で、「泣いているくらいなら、思い切って飛んでしまえ」という意味なのだそうだ。

 これは「わかりにくい」と賛否両論もあったが、「国の中枢たる帝都の話ではない」ことを強烈に印象付けたという点ではとても効果的だったと思う。また、これを違和感なく見せた星組メンバーの努力には拍手を送りたい。

北翔海莉にしかできない一作

 このように異彩を放つ作品を成立させてしまうのが、北翔海莉というスターの実力ではないかと思うのだ。そもそも「SAMURAI The FINAL」というサブタイトルがこれほど似合うスターもいないだろう。

 タカラヅカらしい衣装に頼れる場面も本当に少ない。途中、軍服で登場する場面ぐらいだ。それでも、内面からにじみ出るもので存在感を醸し出せるから主人公として成立する。これはほめ言葉なのだが、畑仕事にいそしむ農夫の衣装で銀橋をさらりと歩けるスターは、なかなかいるものではない。

 もちろん「野太刀自顕流」の達人であり、「人斬り半次郎」の異名を取った桐野利秋だけに、殺陣のシーンは見事だった。ちなみに北翔は、その「野太刀自顕流」の稽古のために、わざわざ鹿児島を訪れたとか。いかにも勉強熱心な努力家の北翔らしいエピソードである。

 ただイケメンでスマートなだけじゃない、むしろ癒やしと温かみを感じさせる。それこそが、彼女が多くの人に愛されるスターであったゆえんだろう。サヨナラ公演というものは、卒業するトップスターのエッセンスが凝縮されるものだと思うが、その意味で「桜華に舞え」は北翔海莉にしかできない一作であったと思う。

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『タカラヅカの解剖図館』(エクスナレッジ )、『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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