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[書評]『アウシュヴィッツのコーヒー』

臼井隆一郎 著

松澤 隆 編集者

シャワーのあとで飲めなかったその味は 

 夢中になり、一晩で読んでしまった。

『アウシュヴィッツのコーヒー——コーヒーが映す総力戦の世界』(臼井隆一郎 著 石風社) 定価:本体2500円+税拡大『アウシュヴィッツのコーヒー――コーヒーが映す総力戦の世界』(臼井隆一郎 著 石風社) 定価:本体2500円+税
 著者はドイツ文化の専門家だが、収容所体験のある帰還者ではない。多くの読者にとって、囚人たちを短時間で大量に殺すためにガス室がつくられ、そこに押し込める口実として「シャワーが浴びられる」と説得された話は、既知の情報だろう。自分も他書で読んだことがある。

 しかし、シャワー室の雰囲気を怪しみ、騒がないようにするため「シャワーの後でコーヒーを飲ませる」と騙されて殺された事実は、本書で初めて知った。著者は、10代の読書で得たこの話の衝撃を、半世紀以上忘れることができず、本書を書いた。

 警戒心の強い囚人たちに一瞬、平時の妄想を抱かせるほど愛されていた嗜好品、コーヒー。囚人の多くはユダヤ人だが、著者の関心は、民族性以上にドイツおよび近隣の出身者、すなわちコーヒーを常飲する文化圏というほうに、向かう。

 その結果、本書を貫く2つの大きな流れが生まれた。

 第一に、コーヒーの風味がもたらした神秘性と、生産の歴史が担った苛酷な労働環境である。いわく「コーヒーとカフェという人と社会に多大な影響を与えた制度の歴史はその発端から奴隷制度に深く関連している」。

 第二に、コーヒーの普及と消費の視点から見たドイツの産業史、文化史である。いわく「コーヒーを産出する植民地の獲得を目指して致命的な『新航路』に船出するヴィルヘルム二世のドイツ」。

 この2つの流れが幾重にもからみあった終着点に、アウシュヴィッツ強制収容所がある。

 収容所の逸話から受けた衝撃は、やがて著者にドイツを軸とする欧州文明研究を促し、コーヒーの歴史にも通じさせた。その成果は、『コーヒーが廻り世界史が廻る――近代市民社会の黒い血液』(中公新書、1992年)に結実している。

 つまり、コーヒーの伝播についての言及は、既刊書と重なる。だが本書の視座は、もっとドイツ重視だ。例えば、(1)コーヒー原産地・東アフリカと、遅れてきた近代国家ドイツが植民したザンジバル(タンザニア)との因縁、(2)コーヒー普及に貢献したイスラム教(禁酒、覚醒、薬効の支持)、その頂点だったオスマントルコと、ドイツとの因縁(対英国という共通利害)、(3)最大産地ブラジルを標的とした移民政策(それを途絶させた一因は近代化がさらに遅れた日本の移民事情!)……など、既知のことも未知のことも、近代ドイツという視点から明らかにされる。

 バッハやカフカの恋人ミレナなど、コーヒーゆかりの著名な芸術家や文化人も、本書には登場する。だが、コーヒーを介したイスラムとの因果関係が、《神経を痛め、顔色を悪くし、病気にする。この飲み物を手放せない回教徒(ムーゼルマン)になっちゃダメ》という俗謡となり、現代ドイツにまで歌い継がれてきた衝撃の事実の前では、仄かな香りを残すだけだ。

 国家による大量虐殺は、ナチスだけの所業ではない。だがナチスほど、科学と産業の成果を存分に注ぎ込んだ殺戮システムを築いた体制は、おそらくない。

 とはいえ本書が明らかにするのは、ナチスが突然変異ではないことだ。19世紀に統一を達成した近代ドイツにとって、科学は化学であり、軍服の染色も、肥料や農薬の生産も、コーヒー豆に依存しない「合成コーヒー」も、その成果だった。すなわちドイツは、ナチス以前にすでに巨大化学産業を準備し、東アフリカの植民地で培った(命令をきかない現地人を)効率よく《奴隷化》する手段も獲得していた。ナチスはそれを徹底しただけ。

 全ての苛酷な労働現場がそうであるように、管理者にとって、労働者よりも効率がよい労働力は《奴隷≒囚人》である。多くの囚人が惨烈な環境で働かされ、働けない囚人を効率よく処分するため、《箱物行政》として大規模収容所と焼却施設がつくられ、近代化学からみごとにスピンオフした毒ガスが使われた。シャワーの後で飲ませるという虚言と並んで、戦慄すべき逸話が紹介されている。

 大戦前、虐待を危ぶんだ国際連盟の調査団が或る収容所を訪れたという。ナチスは、「困難な状態におかれた人々」の好待遇を示すためニセのカフェを作り、窓辺に囚人を座らせ、ゆっくりとコーヒーを飲ませる徹底演出までした。それを見た調査団は「何の疑いも持たずに帰っていった」。かくも、《コーヒーを飲む》情景には安楽のイメージがある。ナチスはそれを悪用した。

 しかし、本書が真に警鐘を鳴らすのは、徹底化するドイツの恐怖ではない。徹底化の別名は「総力戦」であろう。ドイツ由来のこの思想に昭和日本の軍部は共鳴したが、その主唱者であるルーデンドルフは、軍民一丸となって日露戦争に邁進した明治日本を理想としたというから皮肉だ。

 いや、笑いごとではない。著者が強調し続けるのは、世界で愛される嗜好品が、生産のその起源から奴隷制度と結びついていた、という宿命である。コーヒーの語源「カッファ」には「貧しい農民」の意味があったという指摘も象徴的ではないか。

 ことはコーヒーだけの話でない。説明不能の多幸感のためだけにでも、人は、奴隷化する。隷属を強制された悲劇と、隷属を志向する悲劇。覚醒と、思考停止。この見立てがけっしてこじつけでないことを、本書を読み終え、ポピュリズムが跋扈(ばっこ)しはじめた時代を生きる読者の多くは、強い苦味とともにかみしめるに違いない。

 そして、「誰か」がついに飲めなかった、平穏な日常の記憶の一部としてのコーヒーの香りに涙するに違いない。ぜひ、あらゆるコーヒー好きの方に、読んでほしい。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。

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 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

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筆者

松澤 隆

松澤 隆(まつざわ・たかし) 編集者

みすず書房で出版営業、表現研究所(現・小学館クリエイティブ)で編集全般、春秋社で書籍編集に従事し、その後フリー。企画・編集した主な書籍は、佐治晴夫『からだは星からできている』『14歳のための時間論』、小山慶太『星はまたたき物語は始まる』、鎌田浩毅『マグマという名の煩悩』、立川談志『世間はやかん』など(以上すべて春秋社刊)。