”イタリア/ロッセリーニ時代”のバーグマンの傑作
2016年12月06日
スウェーデン出身で原節子より5歳年長の大女優、イングリッド・バーグマン(1915~1982、身長175センチ)。彼女の生誕100年を記念して製作されたドキュメンタリー伝記映画、『イングリッド・バーグマン~愛に生きた女優~』(2015、スティーヴ・ビョークマン監督)が、先ごろ東京・渋谷で公開され好評を博した。
バーグマンの“イタリア時代”とは、本作や『イタリア旅行』(これまた傑作)、『ストロンボリ/神の土地』『不安』『火刑台上のジャンヌ・ダルク』に主演した“ロベルト・ロッセリーニ時代”(1949~1957)を指すが、既婚の彼女が1949年にハリウッドを去り、やはり妻帯者のロッセリーニのもとに走ったことはW不倫として大きなスキャンダルを巻き起こした(ロッセリーニと再婚したバーグマンが彼との間にもうけた双子の娘の一人は、前記の伝記映画にも出演している女優イザベラ・ロッセリーニ。なお、バーグマンは1940年代にハリウッドで、ヒッチコック監督『汚名』、ジョージ・キューカー監督『ガス燈』、マイケル・カーチス監督『カサブランカ』などに主演しトップスターの地位を確立したが、ロッセリーニとの一件のため、ハリウッドでは1956年まで干された)。
さてロベルト・ロッセリーニといえば、映画史的には<ネオレアリズモ(新しいリアリズム)>の名匠と呼ばれるが、彼の作品を見るうえで、ネオレアリズモという概念にとらわれ過ぎる必要はなかろう。ただし『無防備都市』(1945)、『戦火のかなた』(1946)などで、かつてない生々しい迫真力で被写体を記録/描写し、戦争や貧困を積極的に作中にとりこんだロッセリーニの作風/演出が、ネオレアリズモと呼ばれたことは頷ける。
――『ヨーロッパ一九五一年』でバーグマン演じるのは、ローマに住むアメリカのブルジョワ婦人アイリーン。彼女は社交にかまけて、12歳の息子の面倒を見る余裕がない。ある日、彼女の気を引こうとしてか、息子は階段から飛び降りる。一命はとりとめたものの、息子は自殺未遂のさいに受けた傷がもとで死ぬ。
息子の死は強い罪責感と抑うつ状態をアイリーンにもたらすが、彼女は、いとこで共産主義者の新聞記者・アンドレに連れられて、貧民街の団地やバラック、工場を訪れ、いっとき工場で働く。彼女は工場で、轟音(ごうおん)を上げて巨大な機械が作動する光景や、労働者らが機械の一部になったように働く姿に圧倒され、ショックを受ける。
やがて、ある種の宗教的な啓示に打たれたアイリーンは、貧しい人びとの救済活動に参加し、病気の娼婦が息を引き取るまで看病し、銀行強盗を働いた青年の逃亡を手助けする。そんなアイリーンの行動を、実業家である彼女の夫(アレクサンダー・ノックス)、アンドレ、教会の神父ら、周囲の者は理解できなくなり、ついに彼女を精神科病院に入れる……。
『ヨーロッパ一九五一年』が描くのは、このような物語だ。しかしむろん、これはあくまで要約でしかない。なのでここでは、こうした要約からは見えてこない、ロッセリーニ的描法の機微に触れてみたい。
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