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[書評]『自分の時間を取り戻そう』

ちきりん 著

小木田順子 編集者・幻冬舎

「ムリ! ヤダ!」と反発し、それでも思うこと  

 ITのなかった時代のやり方を続けている今の学校教育はムダです。
 自動運転車が実現しても、機械は信用できないとか、高いから買わないと言っている人は、運転というムダなことに時間を使っている間に、自動運転車に乗って通勤し仕事を済ませている人に比べて、人生で得られるものが減ってしまいます。
 時間さえかければ終わる仕事、単価の安い仕事を引き受けていると、「この人はレベルの低い人」と思われます。

 ……といった発言満載の本書。

『自分の時間を取り戻そう』(ちきりん 著 ダイヤモンド社) 定価:本体1500円+税拡大『自分の時間を取り戻そう――ゆとりも成功も手に入れられるたった1つの考え方』(ちきりん 著 ダイヤモンド社) 定価:本体1500円+税
 著者のちきりん氏は、証券会社→米国大学院留学→外資系企業を経てフリーランスに。サラリーマン時代に開設した、日常生活から国際情勢まで幅広い話題を、独自の視点と軽妙な文章で論じたブログ「Chikirinの日記」が大人気を博し、現在は、ビジネス書の執筆者としても売れっ子だ。

 本書は、心身をむしばむほどの長時間労働に追われてやりたいこともできず、かといって大して成果も上がっていないという働き方を、どうしたら抜け出すことができるかを考えた一冊。

 副題にある「ゆとりも成功も手に入れられるたった1つの方法」とは、「生産性」のこと……と書くと、いわゆる「ネタバレ」なのだが、この語が全編にわたるキーワードになっているのでお許しいただきたい。

 ここで言う生産性とは「『時間やお金など有限で貴重な資源』と『手に入れたいもの=成果』」の比率」。たとえば、個人が自分の空き時間に自家用車で客を運んで乗車賃を稼ぐUber(ウーバー)や、個人が空き部屋や空き家を宿泊場所として貸し出すAirbnb(エアビーアンドビー)は、既存のタクシー業やホテル業より生産性が高く、週休3日制の導入を検討するヤフーのほうが、月に100時間超も残業する電通より生産性が高い。

 これからの時代は、社会全体が、これまで経験したことがないほど速いスピードで生産性が高まる方向に動く=「高生産性社会へのシフト」が進む、と著者。

 今よりゆとりのある生活を送るためには生産性を上げることが必要、というレベルの話ではない。仕事だけでなく、家事、勉強、趣味、人間関係など生活のあらゆる場面で「より生産性の高いことをする」という判断軸を持たないと、社会から排除され、ブラックな人生を送るしかない、というのだ。

 このような考え方に反発を抱く人はいるだろう。「いかにも外資系」「計算高い」「ムダなことにこそ意味がある」云々。かねてのちきりんファンである私でも、本稿冒頭のような見解に触れると、反発とまではいかないが、気持ちがざわつく。

 著者はこうも言う。生産性を上げるためには、まず働く時間を減らしなさい、「いつもなら6時間かかっていた仕事を3時間で終わらせる」と決め、休暇の予定も先に入れ、予定表を見たときに「ありえない!」と思えるような予定表をつくりなさい、そうすれば仕事のやり方をゼロベースで変えられます、と。

 そんなふうに言われると、それこそ「ありえない!」と思い、「そんなのムリ」「自分のやっている仕事は、そんな単純なものじゃない」と言いたくなる。

 だが、予定していた仕事が平日に終わらなければ、土日に帳尻を合わせればいいと思い、海外旅行はおろか、観たい映画も読みたい本もパスして、自宅や会社で仕事をする週末を過ごすことに、誰よりもうんざりしているのは自分だ。「今は忙しい時期だからしょうがない」と思っているうちに、人生の折り返し地点と言われる歳も過ぎてしまった。

 また、自分のつくっている本の売り上げで、自分がもらっている給料をまかなえているかどうか、相当ヤバい状況にあることも、よくわかっている。

 ちきりん氏の見解に「ムリ! ヤダ!」と反応しつつ、それでもたどりつくのは、「今の自分の働き方ではもう持たない、逃げ切れない」という、たった1つの結論なのだ。

 本書を読んで、「ありえない!」予定表はまだ実践していないけれど、メールの返信をしているときも、自宅で家事をしているときも、「これはどうしてもやらなきゃいけないこと?」「生産性が低いんじゃない?」「ほかのやり方はない?」という目を、絶えず自分に向けるようにはなった。

 本書には、読み手を挑発し、いろいろなことを考えさせ、意識変革を促す力が確かにある。「自己啓発本なんて意味がない」という人、「生産性」や「外資系」という言葉に生理的に反発してしまう人にこそ、良薬口に苦し、一読をお勧めする。 

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。

*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

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筆者

小木田順子

小木田順子(こぎた・じゅんこ) 編集者・幻冬舎

1966年、長野県生まれ。90年、PHP研究所に入社。PHP新書創刊に携わる。2005年、幻冬舎に入社し、幻冬舎新書の創刊に携わる。気がつけば、編集者人生の大半を新書編集者として過ごしている。担当した本は村山斉『宇宙は何でできているのか』(新書大賞2011)、香山リカ『しがみつかない生き方』、國分功一郎『来るべき民主主義』など。書評誌『いける本・いけない本』編集長も務める。