映画的描写力で勝負したベスト作品
2016年12月22日
『キャロル』(トッド・ヘインズ)
1950年代のアメリカを舞台に女性同士の恋愛を繊細、かつ官能的に描いた超傑作。息をのむドラマ展開、精妙な画面構成、暖色と寒色の対比が美しい色彩設計、そしてエモーショナルなBGMのいずれもが絶品で、今年度洋画ベスト・ワンはこれしかない(ヒッチコック流の、冒頭まもなくのケイト・ブランシェットとルーニー・マーラーの視線の応答の素晴らしさ!)。さらに50年代アメリカの風俗・風物のつぶさな再現も完璧だが、まさかトッド・ヘインズがここまでやるとは想定外(と言うと彼に失礼だが)。2016/04/12、同/04/13、同/04/19の本欄参照。
『クリーピー 偽りの隣人』(黒沢清)
高圧的になったり下手に出たりする奇妙な話術で人を操り、凶悪で狡猾な犯行を重ねるサイコパスと、彼の犯罪に異様に執着する犯罪心理学者の対決を、ぞっとするようなタッチで描き切った“隣人スリラー”の傑作。今年度邦画ベスト・ワンはこれしかないが、ありえないような偶然の連鎖を、起こるべくして起こる必然/運命の連続のように描く描法は鳥肌もの。草木が生い茂った東京郊外などのロケーションにも目を奪われる。2016/08/24、同/09/08、同/09/12の本欄参照。
なお黒沢清初の記念すべきフランス映画第1作、『ダゲレオタイプの女』は、『クリーピー』のような濃密な恐怖や不吉さは抑え気味に、生と死の、あるいは存在と無のあわいを行き来する“リビング・デッド”を、手堅くフォトジェニックに描いた“幽霊映画”の秀作。約30分もの露光時間を要する初期写真術、ダゲレオタイプ(銀板写真法)を、黒沢がどのような映画的装置として活用したかにも注目すべき、現代フランス版「牡丹灯籠」だ。
『ハッピーアワー』(濱口竜介)
市民参加によるワークショップを出発点に、演技経験のない4人の女性をヒロインに起用して製作された5時間17分の長編(3部作)だが、不安定に揺らぎ始めた30代後半のヒロインらの生き様が、とても他人事とは思えない切実さで描かれるゆえ、まったく長さを感じさせない。こうした切実さ/リアルさが、濱口監督の徹底した演出/コントロールと、それを超え出るような演者らの「個性」の相乗作用によって生まれている点が興味深い。2015年12月封切りの作品だが、今年の1月に見たので選出した。2016/02/22、同/02/23、同/02/24の本欄参照。
『山河ノスタルジア』(ジャ・ジャンク―)
息子と生き別れて暮らす中国山西省生まれのヒロインの、26年間におよぶ過去(1999)、現在(2014)、未来(2025)を綴る、精度の高いメロドラマ。
『追撃者』(ジャン=バティスト・レオネッティ)
マイケル・ダグラスが製作と主演を兼ねたスリラー活劇だが、“マイケル・ダグラス史上最凶の衝撃作”というコピーそのままに、狂った大富豪(ダグラス)が砂漠でくりひろげる残忍かつ頭脳的な人間狩りが画面を席巻する。低予算「B級」的ソリッドさが冴える2014年製作の逸品で、日本では今年5月にひっそりと公開された。有能な若手監督を起用したマイケル・ダグラスのプロデュース力と勘の良さに感服(ラストの「悪夢」描写も戦慄的)。
『俳優 亀岡拓次』(横浜聡子)
見た目はパッとしないが、頼まれればどんな役でも粛々とこなす、37歳独身の脇役俳優を、安田顕がドンピシャのハマり役で淡々と演じる快(怪?)作コメディ。本作でも<歌の力>がいかんなく発揮され、ロードムービー形式や横浜監督ならではのシュールな発想とともに、フィルムを賦活している。原作を映画向きの脚本に書き換えた横浜監督のセンスも◎。2016/05/02、同/05/11の本欄参照。
『あやしい彼女』(水田伸生)
韓国映画『怪しい彼女』<ファン・ドンヒョク監督、2014>のリメイクだが、73歳の倍賞美津子と入れ替わった多部未華子のコメディアンヌぶりに魅せられた(倍賞は多部の肉体を得て青春を生き直す)。
ちなみに、柳楽優弥が相手かまわず“理由なき暴力”をふるう『ディストラクション・ベイビーズ』(真利子哲也監督)も力作だが、ハードで理不尽な暴力シーンの連発に少々たじろぐ。主人公を暴力に向かわせる動機の説明をいっさい排した潔さは評価できるが、それ一辺倒だと殺伐とした気持ちになる(のはこちらが小心者のせいか)。
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