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財団本部に展示されているアルフレッド・ノーベルの遺言書拡大ストックホルムのノーベル財団本部に展示されているアルフレッド・ノーベルの遺言書とメダル

ノーベル文学賞・平和賞への疑念

 ノーベル賞は、多くの問題にまみれている。

 そもそも、ノーベル賞がこの100年、ほとんど批判の矢にさらされないでいるという事実からして問題である。そうしたある種の「絶対的権威」が認められること自体が、現代世界のありようにそぐわない。「無謬」のものなど存在しない。だが批判にさらされなければ、いつしかそれは無謬の権威となる。実際、当事者自身がある種の無謬説に立っているように思われることが、今回はからずも露呈した。

 では、ノーベル賞について、何が語られるべきなのか。

 「文学賞」に関して言えば、何より作品がヨーロッパの言語に翻訳されることが第一条件である。いかにすぐれた作品が存在したとしても、それが「英語」その他のヨーロッパ言語に訳されなければ、賞の候補となることは困難だろう。

 確かに欧米人以外の受賞者も増えている。だが、どんなに優れた作品が生まれようと、けっきょくそれが「英語」に訳されなければ、授賞の可能性は非常に低い。また、多かれ少なかれヨーロッパ人とは異質の文化圏に生きる非ヨーロッパ人の見方・発想は、ヨーロッパ人(選考委員たるスウェーデン人もその伝統に生きている)にはわからない。

 ノーベル賞選考委員会がどれだけの陣容を誇っているかについては、極秘のため知りようがないが、選考委員が世界の「小さな」言語で書かれた作品まで通暁しているとは考えられない。仮に世界各地の作品について推薦をもらえる体制を作ったとしても、選考委員自らがそれを読まなければ、したがってそれがスウェーデン語か英語にでも訳されていなければ、責任をもった授賞はできないであろう。

 特に問題になるのは「平和賞」である。そこに非常に大きなイデオロギーが作用する場合がしばしば見られる。先にあげたキッシンジャーはベトナム和平の推進を理由に受賞したが、1974年、元首相の佐藤栄作は、非核三原則の提言やアジア地域の平和への貢献をもって、平和賞を受賞した。実際は当時、日本にアメリカから秘密裏に核がもちこまれていたし、佐藤は首相としてそれを知っていた。また首相就任以降、アメリカ資本から極秘で巨額の献金を受けていたし、また「アジアの平和」のためと称して、当時のベトナムへのアメリカの介入を強く支持した。

 ノーベル平和賞の政治性は、佐藤栄作の兄であり安倍晋三現首相の祖父である、「A級戦犯」岸信介もその候補にあがったことがあるという事実からも、明らかであろう。

ノーベルとは誰か?

 だが昔と異なり、最近は、キッシンジャーや佐藤栄作とは比較にならない、ノーベル平和賞にはるかにふさわしい人物・団体にそれが授与されている、と考える人も少なくないと想像する。かつて本多勝一・朝日新聞記者が、佐藤らの受賞を理由にノーベル賞の「愚劣さ」を論じたが(本多『殺す側の論理』すずさわ書房、340頁以下)、今はその種の懸念もほとんどなくなっているように見える。

 だが、仮にそうだったとしても、私が問題にしたのは、ノーベル賞なるものの出自である。授賞後に、賞金とメダルが受賞者に手渡されるが、その賞金・メダル代はどこから来るのか? つまり、この章の基金はどういう性質のものか? 同じことだがノーベルはどのようにして基金となった金を手に入れたのか? そもそもノーベルとは誰か?

軍需産業と巨大トラスト・カルテル

 ノーベルが生きたのは19世紀後半である。ノーベルの父は、1850年代から、各種大砲、機雷その他を製造する軍需産業に関わった。ノーベル自身は、60年代から独自のニトログリセリン製造法ならびに起爆装置の開発によって財をなしたが、これは鉱業・土木工事を焦点においたのみならず、武器としての可能性をも視野に入れていたと言わなければならない。

 ノーベルの伝記などでは、ノーベルの業績を立派に見せんとするバイアスがかかっているのか、鉱業・土木工事への寄与が主に語られるが、すでに父親ノーベルの時代から、ノーベル家は機雷や各種大砲の製造によって財を成したのである。

 その後ノーベル家は、ロシア・バクー石油の巨大利権を手にしたが、それを通じてロックフェラー、ロスチャイルドなどとともに、歴史上、空前の規模に達し人民の統制を離れた国際石油カルテル(レーニン『帝国主義論』光文社古典新訳文庫、138頁)を通じて、第一次世界大戦の素因を作ったのではなかったか。

 しかもノーベル自身の「ノーベル・ダイナマイト・トラスト」も、すでに1880年代末には巨大になっており(これはヨーロッパ初のトラストだという)、その意味でもまたそれは、ロックフェラー、ロスチャイルド等による米の巨大トラストとともに、第一次大戦の素因となったのである。

ノーベルはダイナマイトによる殺傷を合理化した ・・・ログインして読む
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筆者

杉田聡

杉田聡(すぎた・さとし) 帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)

1953年生まれ。帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)。著書に、『福沢諭吉と帝国主義イデオロギー』(花伝社)、『逃げられない性犯罪被害者——無謀な最高裁判決』(編著、青弓社)、『レイプの政治学——レイプ神話と「性=人格原則」』(明石書店)、『AV神話——アダルトビデオをまねてはいけない』(大月書店)、『男権主義的セクシュアリティ——ポルノ・買売春擁護論批判』(青木書店)、『天は人の下に人を造る——「福沢諭吉神話」を超えて』(インパクト出版会)、『カント哲学と現代——疎外・啓蒙・正義・環境・ジェンダー』(行路社)、『「3・11」後の技術と人間——技術的理性への問い』(世界思想社)、『「買い物難民」をなくせ!——消える商店街、孤立する高齢者』(中公新書ラクレ)、など。

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