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[書評]『教養としての「世界史」の読み方』

本村凌二 著

奥 武則 法政大学教授

日本の歴史だけ見ていても分からないのだ  

 もう半世紀以上も前、「世界史」はけっこう勉強した。まあ、受験科目の一つだったわけだが、残念ながら当時詰め込んだはずの知識は大方どっかへ消えてしまった。

 当たり前のことだが、日本の歴史は「人類の歴史」のごくごく一部でしかない。「人類の歴史」はいささか大げさとしても、もう少し視野を広げて歴史の流れを見ないと、私たちの国の現在も未来も見えてこないのではないか。そんな気持ちをかなり前から抱いていたとき、この本を書店で見つけた。

『教養としての「世界史」の読み方』(本村凌二 著 PHP研究所) 定価:本体1800円+税拡大『教養としての「世界史」の読み方』(本村凌二 著 PHP研究所) 定価:本体1800円+税
 ローマ史の泰斗である著者の名前は知っていたが、著作に接したことはなかった。「はじめに」を立ち読みしたら、こんなことが書いてあった。

 《筆者は狭義の歴史家としてはローマ史の研究者ですが、ときには現代に生きる日本人として狭義の専門をこえて語るのも恥じるべきではないと思っています。専門研究と人生の経験を積み重ねた自分だからこそ視界にはいる歴史もあるはずです。それについて世界史という文脈で考えることも大切だと思います》

 ウーン、これはどうやら私が求めていた本らしい。そんな直感で購入して、読み始めた。読了して、著者の指摘に対して「ちょっと違うんじゃないの」と思ったところがないわけではないのだが、消えてしまったと思っていた我が知識の残像にたびたび出会いつつ、具体的な事例を通じて日本を超えた歴史を知ることの大切さを再認識した。

 ローマ史が専門だから、やはりローマ史を軸にした記述が多い。政治思想史家の丸山眞男氏が、ある対談の中で「ローマの歴史の中には、人類の経験のすべてが詰まっている」と語っているという。だが、「人類の経験のすべてが詰まっている」と言われても、詰まっている経験はだれにでも読み取れるものではないだろう。その意味で、本書は、その読み取り方をいくつも教えてくれる。

 たとえば、江戸時代の日本と古代ローマ。多くの点で両者には共通点が見られるという。一つは、整備された上水道の存在である。江戸の町には、神田・玉川・本所・青山・三田・千川の「六上水」があった。なかでも井の頭の池を水源とする神田上水と多摩川上流の羽村から四谷大木戸まで引いた玉川上水がよく知られている。

 玉川上水は、総延長43キロ。羽村と四谷大木戸との標高差は92メートルしかなかったから、水路の平均高低差は1メートルあたり約2ミリである。すごい技術力だ。

 古代ローマの方はもっとすごい。水道は11本あって、いちばん長いマルキア水道は全長91キロ。ほとんどが地下水路だったが、水道橋も各所に建設した。イタリアで煉瓦を積んだアーチ形の水道橋を目にした人も少なくないだろう。

 ローマ帝国は広大な版図を広げた。古代地中海世界に1000以上の都市国家があった中で、なぜローマだけ大帝国になることができたのか。一方、19世紀後半、欧米列強が植民地化を進めるアジアにあって、なぜ日本だけが植民地支配を免れ、近代化することができたのか。そこに何か共通点はないだろうか。

 時代も状況も大きく違うのだが、「世界史」に学ぶには、この種の問いを発することも必要である。

 著者は、ともに「精神の柱」ともいうべきものがあったことを指摘する。それは、日本は「武士道」であり、ローマは「父祖の遺風」だったという。

 新渡戸稲造の『武士道』(もともと英文で書かれた)にふれて、礼節・惻隠の情・私心を捨てるといった武人の心構えとされるものが日本人の道徳心を形作っているという。一方、ローマの「父祖の遺風」はつまりは名誉を重んじる心である。

 ローマは版図を広げる中で、多くの戦いを行った。勝敗はもとより重要だったが、そこで名誉を得ることも大事だった。だから、立派に戦った末に負けた場合、将軍たちには名誉挽回の機会があった。敗戦将軍が祖国の土を踏めなかったギリシアと大違いだったという。

 現代のイタリア人に「父祖の遺風」があるのかどうかはともかくとして、いまの日本人に新渡戸が言ったような「武士道」精神があるのかと問われると、いささか心配になる。

 民族の大移動にふれた章も現代世界を考えるうえで大いに参考になる。「ゲルマン民族の大移動」というフレーズを思い出しながら、読み進んだ。民族移動には「出力」と「入力」がある。前近代、出力側の問題としてもっとも多いのは食糧不足だった。食糧が不足する原因は人口の増え過ぎ、寒冷化や乾燥化といった気候変動が多いという。

 ほかに信仰の弾圧に起因するものや奴隷売買のような強制的な移動もある。強制的な場合は別にして、人間はいつの時代も住みやすいところを求めて動くのだ。現代、戦乱のシリアからドイツなどへの難民も民族移動の一つと考えることができる。

 ゲルマン民族の大移動がヨーロッパ社会の大変動をもたらしたように、現代社会における大量の難民の移住はヨーロッパ社会を大きく変えることになるかもしれない。

 こうしたことに実感を持てないのがふつうの日本人だろう。だから、「世界史」に学ぶことが必要なのだ。

 同じことは宗教についても言える。キリスト教、ユダヤ教、イスラム教のような一神教の存在には、多くの日本人はもう一つ理解できないのではないか。なぜ、一神教は生まれたのか。この問題についても歴史を参照しつつ、著者はユニークな議論を展開している。

 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。著者も引いているビスマルクの言葉に由来するという、この格言はたしかに含蓄がある。経験はしょせんその人だけのものだ。歴史は違う。ましてや「世界史」となれば、学ぶことがいっぱいある。

 少し頑張って、「賢者」をめざすか。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。

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 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

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筆者

奥 武則

奥 武則(おく・たけのり) 法政大学教授

新聞記者歴33年ののち大学教師。新聞社では学芸部が長かった。最後はシコシコと朝刊1面のコラムを書いていた。大学では「ジャーナリズムの歴史と思想」という授業が主担当。自己認識としては「日本近代史研究者」のはしくれのつもりだが、立場上、「マスコミ問題」だの「取材文章実習」といった授業もやる。著書に『論壇の戦後史 1945-1970』(平凡社新書)、『露探―日露戦争期のメディアと国民意識―』(中央公論新社)など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです