黒石悦子(くろいし・えつこ) フリーライター
エンタメ情報誌の演劇担当を経て、フリーライターに。関西の小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、舞台を中心としながら、映画、音楽、アートなど幅広いジャンルを取材・執筆。飲み歩き好きを活かして、時には酒場取材も。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
ミュージカル『王家の紋章』出演
昨年、東京で上演され大きな話題となったミュージカル『王家の紋章』が、4月から5月にかけて主要キャストは初演そのままに再演される。原作は、「月刊プリンセス」で1976年から現在まで連載を続け、累計発行部数4000万部を誇る少女漫画。古代エジプト王と現代アメリカ人少女との時空を超えた歴史ロマンスで、宝塚歌劇の舞台なども手掛ける荻田浩一が演出、『エリザベート』『モーツァルト!』などの名作ミュージカルを多数手掛けてきた巨匠シルヴェスター・リーヴァイが作曲を務めている。
本作のヒロイン・キャロル役でWキャストの一人である新妻聖子は、元々原作の大ファン。取材会が大阪で行われ、作品への熱い思いを語ってくれた。
記者:まずは今回の再演にあたって、作品の魅力や意気込みをお願いします。
新妻:ファンの間では『王家の紋章』マニアのことを“王族”と言いまして、私は生粋の王族なんですね(笑)。なので、最初にお話をいただいたときは文字通り小躍りしたのですが、ファンとしては嬉しい反面、神聖なところに足を踏み入れてしまう恐ろしさみたいな気持ちもあったんです。でも他の方がされているのをただ指をくわえて見ているのはきっと悔しいだろうなと思ったので、やはり自分がやりたいなと。この舞台では原作の1巻から4巻にフォーカスしているんですね。子どもの頃から繰り返し目で見て反芻(はんすう)して、ほぼ全部暗記しているくらい読みこんでいた漫画の世界に入り、セリフを自分の口を通して言えることがすごく楽しくて、最初は稽古に行くたびにニヤニヤが止まりませんでした(笑)。みんなに「落ち着いて!」と言われるくらい楽しませていただき、チケットも即日完売でお客様からも好評をいただいて、とても幸せな初演でした。前回は世界中の“王族”の方に帝国劇場までお越しいただいたのですが、今回は大阪公演がありますので、近畿地方の王族の方にも、もう少し近い場所で観ていただけるのかなと、とても嬉しく思っています。
記者:原作をそんなに好きになったポイントはどういうところですか?
新妻:癖になるんです。『ガラスの仮面』にも通じる部分があると思うんですけれども、キャラクターの感情表現が豊かで、3ページに1回くらい白目が出てくるんです(笑)。そしてキャラクター描写の見事さと、舞台である古代エジプトのミステリアスさ、神秘さにも惹かれるんだと思います。この漫画をきっかけに15歳の頃に修学旅行でエジプトへ行って、ピラミッドの中で「メンフィスいないかな」って探していたんですよ(笑)。20年後にまさかキャロルをやれるなんて夢にも思わなかったのですが、ピラミッドと遺跡が持つ神秘的なパワー、そこをベースに繰り広げられる人間ドラマでありラブロマンスという点が、この物語のスケール感を大きくしている要因だと思います。そのように設定が豊かなので、飽きずに見られるんですよね。それが40年間ファンを引きつけて離さない理由で、それが初めて立体化されたというのがこの舞台の最大の魅力。ファンからすると「メンフィスが動いた!」って感動するんです(笑)。
記者:キャロルの役作りは、どのようにされたんですか?
新妻:新作ミュージカルをやるときは、まずストーリーを読みこんで、その全体像や雰囲気をつかみ、物語をまず好きになるところから入ります。そして自分がいただいた役がどんな役柄なのか性格を掘り下げ、その役のことを1日にどれくらい考えられるかで役との距離感が縮まっていくと思うのですが、今回はそれを30年くらいかけてやってきていたので、自分の中で培ったキャロル像をアウトプットするだけだったんです。
記者:すでにできあがっているものを出すだけというのは、楽しい作業なのではないですか?
新妻:本当に笑いが止まらなくて(笑)。キャロルをやっているときは、完全にキャロルシェルターの中に入っているので、そこに新妻聖子はいないんです。神聖なキャロルになるにはなりきるしかない。舞台上でも、他の方がやられているキャラクターを完全にキャラクターとして見ているので、打ち上げの席でメンフィス役の浦井(健治)君に話しかけられたときに、「あなたはメンフィスじゃない!私のメンフィスを返して!」って、嘆きながら言っていました(笑)。
記者:キャロルという人物自体はどんなイメージとして捉えていますか?
新妻:ヒロインの魅力が全部詰まった人だと思います。ただ、か弱くて守られるだけの女の子ではなく、自ら運命を切り開いていく強さを持ったヒロイン。それでいて華奢な金髪美少女で、私たちが思い描くプリンセスを体現したようなビジュアルで、頭が良くて小さいのに鼻っ柱が強くて、大きな相手にも向かっていく勇敢さがある。でも女の子らしい弱さも持っていて、リード家の令嬢という気品もあって、エジプト王が一目ぼれするくらいのスペシャルなオーラを持っている女性。現代からタイムスリップして古代エジプトに行くわけですが、描かれたのは40年前なので、あの時代特有のレトロ感も大事にしたいと思って演じていました。
記者:役を離れても、キャロルのように振る舞ったりしました?
新妻:それはないです。ギャップがあるから人生は楽しいんです(笑)。普段の私とキャロルの似ている点は、気が強いところくらい。原作を読み込みすぎて、舞台が始まるとすぐに王家スイッチが入るんです。最初の本読みの段階から1人だけ役に既に入り込みすぎていてみんなに笑われていましたから(笑)。意識をしているわけじゃないんですけど、最初から私の役者としての引き出しの中にキャロルというボックスがあったということですよね。
記者:思い入れが強い役だと思いますが、全公演終わった時に“キャロルロス”になったのでは?
新妻:それが、ならなかったんです。本当に楽しかったからだと思います。デビューして間もない頃はよく千秋楽で泣いていたんですが、号泣するときって、楽しさより辛さが勝っていて、その大変さを乗り越えた達成感が涙に変わっていたんだと思います。今回も同じように一生懸命お稽古を重ねて毎日の本番に臨んだのですが、清々しさの方が勝っていました。お声がけいただいて良かったなという思いと、1カ月間ベストコンディションで挑めた安堵感、原作の細川先生ご姉妹に何度も足を運んでいただいた嬉しさ、ずっと憧れていた漫画のキャラクターに囲まれ、その一人になれた奇跡にありがたいなという思いが大きかったですね。それに、千秋楽の時点で再演も決まっていましたので、別れる寂しさよりも「またすぐ会いましょう!」という思いでした。
記者:浦井健治さん演じるメンフィスはいかがでしたか?
新妻:見目麗しいなと思います。実際の浦井さんがすごく物腰柔らかで、決して人の腕を折ったりしない方なんですね(笑)。なので、最初はちょっと苦労されていたように見受けられたのですが、私が「メンフィスは王なんだから、もっと俺様でいいんだよ!」って言って(笑)。メンフィスは荒々しいのですが、すごく素朴な優しさを持ったキャラクターで、残虐に人を殺すこともありますが、その先に見据えている何かがあるからやっている。その芯にある優しさと浦井さんの優しさがリンクして、すごく素敵なメンフィスだったと思います。
記者:メンフィスとライバルのイズミル役は宮野真守さんと平方元基さんのWキャストですが、二人はいかがでしたか?
新妻:Wキャストの妙が表れたキャスティングだったと思います。最初の本読みの段階で、それぞれに違う面が見えたんです。お稽古は初日キャストで重ねていくので、宮野さんとばかりやっていたんですが、初日が開けて3日後くらいに平方さんとやって、「こんなに違うんだ!」と思いました。何から何まで違っていて、面白かったですね。宮野さんも平方さんもすごく色気のある俳優さんで、長身でイケメンのモデルみたいなお二人だから、女性のお客様をキュンキュンさせていたのではと思います。
記者:シルヴェスター・リーヴァイさんの楽曲、難しそうですよね。
新妻:複雑な曲もありますけれど、キャロルの曲に関してはシンプルで歌いやすく、ポップな楽曲が多かったかなと思います。作品の世界観がリーヴァイさんを刺激したのか、過去の作品では見られない中東の雰囲気、旋律が多かったような気がしますね。特に、幕開きのオーバーチュアがご本人のお気に入りとのことで、最近の中で最高傑作だとおっしゃっていました。
記者:初演を経て、今回はどんなところを意識したいとか、どう楽しみたいという思いはありますか?
新妻:前回は世界初演という“熱”の中で駆け抜けていったところがあると思いますので、今回は改めてカンパニー全体で作品を見つめ直し、よりよくしていきつつ、熱も損なわないようにしたいなと思います。大阪のお客様は初めてご覧になる方も多いと思いますので、お祭りは続いているんだぞというテンションのまま、第二章に突入したいですね。
記者:最後に、関西の方にメッセージをお願いします。
新妻:衣裳もセットも原色で派手なので、見た目にも楽しんでいただけるのではないかと思います。それにイケメンのオラオラ系主人公が活躍する作品で、壁ドン、顎クイ、腕ポキ(笑)もあり、女性が好きなものがてんこ盛りです。私と同世代の男性も観に来て面白かったと言っていたので、原作の前知識がなくても一娯楽作品としてお楽しみいただけると思います。ぜひこの世界観を楽しんでください!
◆公演情報◆
ミュージカル『王家の紋章』
2017年4月8日(土)~5月7日(日) 東京・帝国劇場
2017年5月13日(土)~31日(水) 大阪・梅田芸術劇場メインホール
[スタッフ]
原作:細川智栄子あんど芙~みん
『王家の紋章』(秋田書店「月刊プリンセス」連載)
脚本・作詞・演出:荻田浩一
作曲・編曲:シルヴェスター・リーヴァイ
[出演]
浦井健治、新妻聖子/宮澤佐江(Wキャスト)、宮野真守/平方元基(Wキャスト)、伊礼彼方、濱田めぐみ、山口祐一郎 ほか
公式ホームページ