「社会派映画祭」の看板には偽りなし
2017年03月23日
ベルリンは「社会派映画祭」として名高く、それ相応の心づもりでやってくる映画人が多い。
昨年(2016年)はベルリン滞在を利用し、ジョージ・クルーニーが人権派弁護士の妻とともに、ドイツのメルケル首相と難民問題について会談した。今年そのバトンを引き継いだのが、コンペティション部門の映画『The Dinner』に出演したリチャード・ギア。彼もチベット弾圧の問題を訴えるため、メルケル首相に面会を果たした。もはやハリウッドのトップ俳優がベルリン滞在中に「メルケル巡礼」をするのが、定番行事に組み込まれた感がある。
ベルリンに来れば、社会意識の高い映画人は水を得た魚のようになり、歯に衣着せぬ物言いで、自国あるいは世界的な政治状況を批判し出す。とりわけ難民問題は、引き続き映画人たちの関心の的である。
「現在アメリカでは、テロリストと難民が同じ意味になっている。不幸なことに我々は不安を焚きつける指導者を持ち、その不安が私たちにひどいことをさせる」(リチャード・ギア)
「ヨーロッパ人でいるのが恥ずかしい。我々は誇りを失った。私は映画にも、正直、自分にも信頼を失っている。信頼できるのは白ワインだけです」(アキ・カウリスマキ)
ベルリン映画祭の運営サイドも難民問題を忘れない。昨年に引き続き難民の子供を助ける非営利団体の募金箱が、上映会場や関連施設に設置された。こちらは期間中に1万7574ユーロ(約210万円)を集めている。
このように今年も「社会派映画祭」の看板に偽りはなかったが、肝心の作品についてはどうだったか。
コンペティション部門に登場したのは全18本。そこにアウト・オブ・コンペを含めた全24本がメインの作品と言える。日本からは一昨年の『天の茶助』に続き、コンペ参加が2度目となるSABU監督の『Mr Long/ミスター・ロン』が出品された。彼はベルリンへの参加がデビュー作から通算9度目という常連。新作にはドイツ資本も入っており、同国はもはや監督の第二の故郷だろうか。
最高賞の金熊賞だが、昨年はジャンフランコ・ロージのドキュメンタリー『海は燃えている~イタリア最南端の小さな島~』が受賞した。難民が押し寄せる島を見つめた正統派の社会派作品で、ベルリンらしい感動のフィナーレを用意した。
そして今年は、前稿「ベルリン映画祭で、カウリスマキが会見ボイコット――「銀」じゃダメ!? 引退の花道を飾れなかった鬼才」で触れたように、シリア難民を主役に据えたアキ・カウリスマキの『The Other Side of Hope』が映画祭中盤から本命視されていた。もしも本作が下馬評通り金熊賞を獲得していたなら、今年も「ベルリンっぽい」と単純に言えたはず。だがそうならなかったところが、今年のベルリンの面白さでもあった。
今年の審査委員長ポール・バーホーベンは、「審査員はこの映画に恋した。我々が時に、あまりに簡単に使い過ぎる言葉を思い出させる。それは「思いやり」だ」と語っている。
設定が風変わりで幻想的なラブストーリーだ。現実ではなかなか気持ちが通わせられない男女が、共有する美しい夢の中では鹿の姿となって向かい合える。これだけ聞いても直球の社会派映画などでないことがわかるだろう。
本作以外でも今年のセレクションは、社会的なメッセージをストレートに織り込むよりは、芸術の多様性にも積極的に身を委ねていたように感じた。
これは少々意外でもある。ベルリンはテーマ性を重視するため、作家性や芸術性はややおろそかにする傾向があるからだ。
それはコンペティション部門の作品選定を担うプログラミング・ディレクターの質の違いに理由がある。ベルリンでは2001年からディーター・コスリックが作品選定を担う。彼は本映画祭が「世界を映す鏡」であることに大変誇りを持っている。だから彼にはベネチア映画祭のマルコ・ミュラーやアルベルト・バルバラ、カンヌ映画祭のジル・ジャコブやティエリー・フレモーらが見せる「シネフィル的なこだわり」が希薄なのだ。そこが純粋に質の高い作品だけを見たいと願うシネフィル系批評家には物足りない部分でもある(とはいえそれはパノラマやフォーラム部門の作品で補われてもいるが)。
例えば今年は、中国産アニメあり(宮崎駿の『千と千尋の神隠し』以来、史上2度目のコンペ出品アニメ『Have a Nice Day』)、知的コメディあり(イギリスの『The Party』、オーストリアの『Wild Mouse』)、もちろんドキュメンタリーあり(ヨーゼフ・ボイスについてのドキュメンタリー『Beuys』)と多様だった。直球の社会派映画が少ない分、個人のつながりをじっくりと見せる恋愛や家族ドラマも目立っていた。
既婚の映画監督との不倫に悩み、逃避行中の女性の夢うつつの数日を追った物語。「そうめん映画」と呼びたくなる、あのサンス節は健在。つまり、いつまでもツルツル食べ続けていたくなる不思議な魅力に捉えられてしまうのである。
本作は当初から作品そのものより、監督と主演女優の「リアル不倫騒動」で注目されていた。
一方のミニは神々しいほどの美しさ。授賞式や会見ではサンスへの尊敬を堂々と口にしていたのが印象的だ。彼らはマスコミなんぞ完全に手玉にとっているようにも感じた。
しかし、撮ることと生きることが同義な監督による、潔くも図々しい「全身芸術家」ぶりは今後どのように進化し、作品に反映されていくのか大いに興味をそそる。いつかサンスはまた他の女優と新しい物語を紡ぎつつ、我々を煙に巻くのだろうか。
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