伊沢正名 著
2017年04月13日
シリアへのミサイル攻撃の報道がなされた翌朝にこれを書いている。アメリカのトランプ大統領(こう書くたびに違和感を覚える!)は自分の超豪華別荘に習近平を招いた当日、攻撃へのゴーサインを出したという。「北爆」(北朝鮮攻撃)へのゴーサインではないかと勘違いするかのようなタイミングである。不測の事態が刻一刻と迫っているような心地さえする。「災害時のサバイバルにはノグソ」という本書の思想がより一層リアルに感じられるのである。
『「糞土思想」が地球を救う 葉っぱのぐそをはじめよう』(伊沢正名 著 山と渓谷社)
「インフラがストップしても便意は止まってくれません」。水が流れなくなったトイレから大量のウンコがあふれだし、洗面台までてんこ盛りになる。ネコ砂を利用した簡易トイレ導入などの対応策に対し、著者は「それは違う」と断言する。「それは単にウンコを燃えるゴミに移行させるだけ」。
そもそも被災地では焼却施設もストップしてしまうから、回収できない大量のゴミが「ゴミの壁」として道路沿いに山積みとなり、悪臭を放つ事態となる。ではどうするかの答えが「ノグソ」であるという。
ノグソではウンコは土に埋め、葉っぱで尻を拭く。ウンコも葉っぱも腐りやすいので、そのまま土の中で処理完了。ウンコは資源として自然の生態系の一部となり、新たな命を育む一助となる。
ノグソ歴40年の著者によれば、「ウンコを不衛生なゴミ」として処理すること自体が間違いなのである。夏場ならおよそ1カ月でノグソは分解を終え、栄養たっぷりの土として生まれ変わる。ちなみにノグソのリサイクルの過程は以下の通り。
(1)ウンコにハエ、アリ、糞虫が群がり摂食
(2)カビ、バクテリアなどの菌類によるウンコの分解
(3)木の根が伸びてウンコの養分を吸収
(4)キノコがウンコの上に大量生育
ついでに、ノグソの匂いの推移は以下の通りである。
(1)ヘドロ臭
(2)エビ・カニ臭
(3)傷んだ野菜臭
(4)香辛料臭
(5)針葉樹の樹脂臭
(6)無臭
いっぽう、現実の屎尿(しにょう)処理方法はいかなるものか。
(1)水洗トイレにウンコを流す
(2)下水道や、集積所からのバキュームカーで処理場へ
(3)紙や異物を取り除く
(4)微生物の入ったタンクに注入
(5)かきまわして空気を入れる好気分解と止める嫌気分解を繰り返す(活性汚泥法)
(6)水分と汚泥(固形物)への分離が完了
(7)水分を薬品と活性炭で殺菌消臭して川へ放流
(8)汚泥は水分を絞り、焼却処分
(9)焼却灰をセメントの原料とする
排泄するこちらは水で流して終わったと思っているが、現実にはそれからが大変なのである。しかも最後はやはりゴミとなり、重油と天然ガスを消費することになる。その量はハンパではない。日本人が1年間に出すウンコは1000万トンであり、米の年間生産量800万トンを大きく上回っている。
エコを声高に叫ぶ意識高い系の方々であっても、ノグソしないならば無意識のうちにこれだけのエネルギーの無駄遣いをなさっているわけである。ちなみに著者は日本人全員の日々に必要なノグソ面積を国土面積から割り出し、この国の適正人口を2500万人と試算している。ほぼ江戸時代の人口である。
とはいえ、ノグソに問題がない訳ではない。軽犯罪法、廃棄物処理法、自然公園法、猥褻物陳列罪にふれる可能性がある。また人糞を肥料にすることは、実は法律では規制されている。人糞には食品添加物など環境への汚染物質になりうる成分が含まれている、という方々もいる。
だが、ノグソは肥料ではないし、触法スレスレだが、現場を見られない限りはおそらく逮捕もされないのである。やはり最大のハードルは羞恥心である。「大自然との共生、清々しい!」と感じられればよいが、「見られたらどうしよう」と逡巡するのが当然であろう。
しかしここで心強い応援団が登場する。新保あずささんで、彼女は自宅のバケツで排泄し、夜間に林に運んで棄てる「バケツノグソ」を提案し、寄稿している。トイレットペーパーも使わない。葉っぱを採集するか自宅で栽培するかして、尻を拭くのに使用するのである。
この本には88種におよぶ「尻拭きに最適な葉っぱ図鑑」がカラーで収録されているが、たしかにラムズイヤーの葉っぱを覆う綿毛は、「尻拭き」のために存在するかのようなやさしさにあふれている気がする(写真)。
女性の応援団はもうひとり登場する。女性のノグソの際には、「ノシッコ」問題が立ちはだかる。男性の立ちションとワケが違って、女性の場合ノシッコには吸水力のある葉っぱが必要である。
大西夏奈子さんは「岡山コケの会(オカモス)」のイベントに参加し、葉っぱならぬ6種類のコケの吸水性を確認するレポートを寄稿している。イベントで採集した中ではクシハノゴケ、ハイゴケ、ヒメシノブゴケが好評だったという。かつてヨーロッパで愛好する女性が数多かったミズゴケを自宅で使用し、「霧吹きをかけると親水性が高まってヨイ」という実践的な記述も本書に残している。
ここまでシンパシーをもって書いてきた流れの中で言うことではないが、実はわたしにはノグソ経験がない。しかし長年担当編集者として交流のあった作家の故・車谷長吉氏(1945―2015)からは幾度となく、「大自然と一体化するノグソの爽快感」をお聞きしている。奥様の詩人・高橋順子さんとおふたりでの四国遍路の際にはノグソ状況は頻繁に生じたようで、かたくなにノグソを固辞されていた順子さんも、とうとう折れて1度だけノグソを体験されたということであった。ご感想は聞きそびれてしまったので、今度お会いしたら取材してみようと思う。
そもそも本書を手に取ったのもわたしは胸の奥に燃えているノグソへの憧れゆえである。また、今後の社会状況を鑑みれば、サバイバル体験はまさに必須項目であろう。わが地元稲城の里山山中で近いうちに人生初の体験を試してみようと目論んでいる。まず、この本のガイドをもとに葉っぱ探しから始めてみようか。
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。
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