2017年05月19日
『服従』は、イスラム政権誕生というフランスの歴史的大事件が、「ぼく」を主人公(視点人物)にして描かれる一人称小説である。それゆえ、「ぼく」が直接には関与しえない出来事をめぐる<情報>を、「ぼく」(および読者)がどのようなかたちで知るのかが、本作の読みどころの一つになる。
たとえば、前回触れたように、アッベスの記者会見を「ぼく」は自宅のテレビで見る。「ぼく」は直接にではなく、テレビというメディアを媒介にしてアッベスに接するのだ(周知のようにメディアは<媒体>という意味だが、ウエルベックの得意技のひとつは、テレビ・ラジオ・インターネット・携帯電話などの情報ツールに取り囲まれた主人公の日常生活の描写だが、「ぼく」がテレビ放送で現下の政治情勢を知る場面には、すでに触れた)。
前述の右翼知識人ランペルールと「ぼく」の会話場面でも、極右過激派の動静に詳しいランペルールは、その方面の情報を「ぼく」と読者につぶさに知らせる物語的(説話的)役割を担う。つまりウエルベックは、ランペルールの仔細ありげな言葉を媒介にして、読者に物語的情報を提供するのであり、だから<事情通>ランペルールは、『服従』の物語を膨らませる役割を果たす(そうした極右過激派についての情報を、地の文で説明しすぎれば、小説にはふさわしくない、政治評論調の論述の多用が必要になるだろう)。
そして『服従』では、「ぼく」との会話を通じて読者に情報を知らせ、物語を膨らませる<事情通>が、じつは
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