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伊礼彼方、役者の哲学まるごと掘り起こしたい/上

日本初上陸、キャロル・キングの半生描くミュージカル『Beautiful』に出演

桝郷春美 ライター


拡大伊礼彼方=森 好弘撮影(撮影協力:梅田芸術劇場)

 自分の意見を口に出す、ということはシンプルなようでいて、その実、簡単ではない。ミュージカルやストレートプレイの舞台で幅広く活躍している伊礼彼方さんは、ジャンルや役柄を問わずに常に新しいことに挑戦しながら、足元から着実にキャリアを積み重ねて、独自の道を切り開いている俳優だ。そして、臆することなく自身をさらけ出して意見を言い、ミュージカルの裾野を広げようと闘っている。

 今回のインタビューでは、商業演劇の世界に身を置きながらも、その在り方に問いを持ち、役者の立場から日本のミュージカル界をいろんな角度から見つめ、新しい世界観を開こうとしている伊礼さんのまなざしに触れた。さらには自分の意見を言うということ、言えなかった十代、言えるようになったきっかけとその後についても打ち明けられた。そんな伊礼さんの「ひと」と「まなざし」に焦点をあてたロングインタビューをお届けする。

正解は皆、違う

――『Beautiful』ではキャロル・キングのパートナーのジェリー・ゴフィン役を演じられます。その方は2014年に他界されましたが、作詞家として米国で殿堂入りされている方です。実在する人物を演じることに対してプレッシャーはありますか?

 意外と無いですね。それは、日本の文化に根付いていないから。この作品が、例えば中島みゆきさんの物語で、その夫を皆が知っていたらプレッシャーになりますが、キャロル・キングの夫の情報は日本ではさほど知られていないと思うので、むしろ僕がこうなんです、と言い切れば、良くも悪くも僕を通してそのイメージが伝わることになる。ですから、ご本人のことを調べて、なるべくそこに近づけて真実を見せなきゃいけないという責任はありますが、それはこれから考えます。

――実在する人物を演じるというプレッシャーは、さほど感じていない。

 そうですね。新人の頃、『エリザベート』のルドルフ役(2008年)をやらせてもらった時も、実在する人物で、かつ皇太子役というプレッシャーは確かにあったんですけど、今思えば皆、直接的には実物を知らないんじゃん、と思ったんです。

――思い切った割り切り方ですね。

 あの時、何であんなに必死だったんだろうと振り返ると、実在した人物というよりも帝国劇場の大きな舞台に立つことや、役のキャラクターを作ってきた代々の役者のイメージにプレッシャーを感じていたというのが分かったんです。僕としても、同じように見られたくないから、既に作り上げられていたルドルフ像を壊してやろうという気持ちでやっていました。だから闘う相手は、先代のルドルフ。今振り返れば、つまらない闘いをしていたんだなと思います。

――伊礼さんは、新しいものを作っていくという意識がずっとあるのですか?

 あります。これが正解だ、と押し付けられるのが大嫌いなんです。それは僕の正解とは限らないから。

拡大伊礼彼方=森 好弘撮影(撮影協力:梅田芸術劇場)
――たとえばどういう状況で?

 ルドルフ役でいうなら、既にか弱い皇太子のイメージがあったのですが、本当にひ弱なのは、見た目ではなく心だと思ったんです。だから、僕はあえて無骨なルドルフをやりました。剛健そうな人が、怯えを抱えたほうがより、見る人の心が動く。今振り返ってもその方向性は間違っていなかったと思うし、人がやってきたものが必ずしも正解だとは思わないですね。役者には役者の個性があるわけだから。僕の正解は違うし、僕の正解が他の人の正解になるとは限らない。だから役者が皆、それぞれ個性を持って生きていけるのです。

――『Beautiful』の公式動画インタビューで、伊礼さんは役を「つかむ」と表現されていました。一方、役と「つながっていく」という言い方をされているキャストの方もいて、役との向き合い方もそれぞれなのだなと思いました。

 僕がこれまで頂いてきた役は、考え方が理解できなかったりと、自分と遠いことが多いです。だから作業的にはまず、つかみにいく。「お前はどういうヤツだ、こっち向けよ」と自分と対峙させて、ケンカしながら探しにいきます。逆に自分と近い役の場合は、役とのパイプがうまくつながる瞬間があります。そんな時は、役をつかむという姿勢では、もしかしてつかめないかもしれないですね。

――これまでは、わからないところから始まる役が多かった。

 はい。部分的には自分が持っている感情で表現しているから、自分に寄せる瞬間もありますが、基本的に7割は僕が役に歩み寄ろうとするんです。僕はいつも同じようにはいたくない。スター性があって、それが個性となって、どんな役を演じても本人にしか見えない方もいますが、僕はそうなりたくないという願望が強いですね。これは難しいことですが、何者にでもなれる俳優でいたいんです。

――イメージが固定化されるのが嫌ということでしょうか。

 理想はそうですね。常にそれを心がけています。持っているスキルを使って経験が積み重なっていくと、ここ1~2年はとくにオファーされる仕事が似てきて、どうしても同じようなタイプの役に偏る傾向があります。でも僕は、そうなりたくないと思い、毎回違う新しいモノを探してチャレンジした結果、自分から役をつかみにいかないと取りにいけないのです。似たような役をやると、この仕草は前にも使ったなとか、同じようなアプローチになってしまって、どうしても同じ引き出しから使ってしまう。もちろん、持っている武器を使えば楽なのですが、自分で生み出す力がなくなってくる。そうなると面白くない。稽古場で役と自分との距離を詰めていく過程は苦しいですが、それでもやっぱり楽しいです。苦労してつかみにいった分、達成感が得られますから。

◆公演情報◆
ミュージカル『Beautiful』
2017年7月26日(水)~8月26日(土) 東京・帝国劇場
[スタッフ]
脚本:ダグラス・マクグラス
音楽・詞:ジェリー・ゴフィン&キャロル・キング、バリー・マン&シンシア・ワイル
演出:マーク・ブルーニ
振付:ジョシュ・プリンス
[出演]
水樹奈々/平原綾香(Wキャスト)、中川晃教、伊礼彼方、ソニン、武田真治、剣幸 ほか
公式ホームページ
〈伊礼彼方プロフィル〉
沖縄県出身の父とチリ出身の母の間に生まれる。幼少期はアルゼンチンで過ごし、その後、横浜へ。中学生の頃より音楽活動を始め、ライブ活動をしていたときにミュージカルと出会う。その後、ミュージカルやストレートプレイ、コンサートなど、ジャンルや役柄を問わず、幅広い表現力と歌唱力を武器に多方面で活動中。最近の主な出演作は、『王家の紋章』『お気に召すまま』『サバイバーズ・ギルト&シェイム』『あわれ彼女は娼婦』『グランドホテル』『ピアフ』など。12月には、ミュージカル『メンフィス』への出演を控えている。
伊礼彼方official web site

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筆者

桝郷春美

桝郷春美(ますごう・はるみ) ライター

福井県小浜市出身、京都市在住。人生の大半を米国で暮らした曾祖父の日記を見つけたことがきっかけでライターに。アサヒ・コム(現・朝日新聞デジタル)編集部のスタッフとして舞台ページを担当後、フリーランスとして雑誌やウェブサイトに執筆。表現活動や、異文化コミュニケーションを軸にインタビュー記事やルポ、エッセイを書いている。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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