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『ビューティフル』、中川晃教×伊礼彼方対談/上

相思相愛のふたりが、一期一会の先に思い描くミュージカルシーンの未来

岩村美佳 フリーランスフォトグラファー、ライター


拡大ミュージカル『ビューティフル』に出演する、中川晃教(左)と伊礼彼方=宮川舞子撮影

 ともに1982年生まれで、日本のミュージカルシーンを牽引する中川晃教と伊礼彼方が、7月26日(水)から帝国劇場で開幕するミュージカル『ビューティフル』で共演する。これまでにコンサートやショーでの共演はあったものの、芝居をするのは初めてのふたり。以前から特別の存在だったと明かすふたりに、稽古がはじまってからの作品の印象や、お互いについてたっぷりと語ってもらった。

 ミュージカル『ビューティフル』は、アメリカのシンガー・ソングライター、キャロル・キング(水樹奈々/平原綾香:Wキャスト)の波乱万丈な半生を、数々の名曲と共に描いたブロードウェイミュージカルの日本版初演となる。中川は作曲家のバリー・マン役で、シンシア・ワイル(ソニン)とコンビを組む。伊礼は作詞家ジェリー・ゴフィン役でキャロルとコンビを組む。二組のコンビの対比も見どころだ。

 稽古が進む6月末に、ふたりに話を聞いた。

ブロードウェイのテンプレート形式の稽古

拡大ミュージカル『ビューティフル』に出演する中川晃教=宮川舞子撮影

――稽古の様子を伺いたいのですが、どんな雰囲気で稽古が進んでいますか?

伊礼:動き、形、セットなど、すべてが決まっているんです。ブロードウェイの形をそのまま持って来ているので、その通りにやらなければいけないんですね。日本版リステージを担当しているブロードウェイスタッフの方々(演出リステージ:シェリー・バトラー、振付リステージ:ジョイス・チッティック、音楽スーパーヴァイザー:ジェイソン・ハウランド)が、「テンプレート」とよく言いますが、今は心情など関係なく、全シーンの動きを付けられている段階です。僕らは芝居の全シーンを、アンサンブルのみなさんはショー部分をすべて作っていて、それを少しずつあわせている状況です。

――稽古前にイメージしていたものと近い、もしくは意外なことがあったりしますか?

伊礼:僕は意外でしたね。ここまできっちりと決まっているとは思っていませんでした。もちろん作品のテンポが早いので、決まりごとは多いだろうとは思っていましたが、導線ひとつまで決まっているんです。劇団☆新感線のいのうえひでのりさんの演出を思い出しました。ものすごく細かくきっちりはしていないですが、これは絶対に守って欲しいということがあるみたいです。

中川:そうだよね。そういう意味では、演出家チームが何を目的に稽古していくのかが、はっきりとわかりやすく伝わってきます。ただ、それでいいのかどうかは、これからの僕達の課題になってくるので、今はそこは置いておいて、合理的に稽古が進んでいます。

――そういう環境はいかがですか?

中川:僕は今までにも同じような経験をしてきているので、わかりますね。アメリカから来る演出家は、こういうやり方が多いですね。

伊礼:逆に、僕がこれまでにご一緒した外国の方は、「芝居をやってみせて」という感じでしたから、こういう経験は初めてですね。

中川:日本のことをすごく勉強してきている方と、ブロードウェイでやってきたものをそのまま日本でやっても通用すると思ってきている方がいると思います。やはり日本のお客様の趣向もあるので、勉強されてきている方は、役者に対して求めるものも変わってきます。そのなかで後者は、ここだけは譲りたくないというところを明確に伝えてきてくれるので、そういう場合は「じゃあ、それをどう料理しようか」という稽古になってきますね。

伊礼:なるほどね。

中川:今回は、彼女達が日本に来る最初の10日間、彼女達がいない10日間、最終稽古に再び来る10日間と分かれていて、今はその1クール目なんです。彼女達が僕らに渡したい情報をまずすべて受け取るための時間と考えると、あまり意外性はないかなと思います。

拡大ミュージカル『ビューティフル』に出演する伊礼彼方=宮川舞子撮影

――今は、そのテンプレートを受け取る時間ということですが、今後テンプレートどおりにやっていくことにストレスはないですか?

伊礼:僕は、栗山(民也)さんと何作品もご一緒していますが、栗山さんもテンプレート派で基本的にステージングは決めて来られるんですよ。栗山さんには、なぜこう動くのかが理論的にすべて見えていて、僕ら役者は後付けでその解釈をしていくんです。わからないときは「あれはどういう意味ですか?」と聞いたりしながら作っていきます。栗山さんの頭の中で、すべて出来上がっているので、それを頂くという感じですね。だから、僕もテンプレート形式をやっていないことはないですね。

中川:(伊礼)彼方が言ってた、いのうえさんも本当にそうだもんね。

伊礼:そうだよね。

中川:こう動いてほしいというのがまずあるよね。

――テンプレート形式というのがまずわかった状況で、これまでのおふたりの経験を元に、今後どういう風に自分の要素を入れたり、相手との芝居を作っていくかを考えていますか?

伊礼:僕の経験上では、後付けで理由を見つけるでしょうね。なぜこっちに動くのか、なぜこういう行動をするのか、そうやって役の肉付けをしていく感じです。自分の感情や解釈で動くのではなく、動かされているのはなぜだろうと立ち止まって考えて、「ああ、なるほど。ということは、こういう感情を持っている人なのかな。こういうキャラクターなのかな」と、後から発見していく感じですね。アッキー(中川)はどう?

中川:僕は、意外に受け入れ態勢の感覚かな。言われたとおりにやることで、演出家チームの中で何が見えてくるのか、演出家サイドが見ている日本人キャストがやる『ビューティフル』に、いい意味での意外性や発見みたいなものを見つけられるのか。世界中の何処で上演しても、同じ作品であっても、私達日本人がやるからこそ得られる演出家サイドの収穫みたいなものがどれだけあるのか。もしくはそれに気づくのか、全く気づかない人達なのかも含めて、冷静に駒となって動くことが、今は楽しいかなと思ってやっている。そういう稽古は、実はつまらないですが(笑)。

伊礼:(笑)。

中川:今は、言われたとおりにやって、まず進んでいくことが大事だからね。その一日の目標を達成するという意味での達成感はあるかもしれないですが、それで本番の幕が開くわけではないですから、追々かなと思っています。

拡大ミュージカル『ビューティフル』に出演する、中川晃教(左)と伊礼彼方=宮川舞子撮影

――なるほど。

中川:この作品の難しいところは、キャロル・キングの物語として素晴らしいのですが、華々しい物語ではないことなんです。1960年代にシンガー・ソングライター達が、誰かに楽曲を提供していく時代に入り、職業作詞家、職業作曲家という、プロの若者達がどんどん輩出されていきます。ブリル・ビルディングというその象徴となる建物がありますが、アメリカの1960年代の音楽シーンのなかで若者達が出て来て、そこにキャロル、ジェリー、バリー、シンシアがいるという物語が元にあります。華々しくヒット曲を連発していくキャロル&ジェリーに対して、ティーンエイジャーに向けている彼らの音楽とは全く違う大人っぽい雰囲気の曲が個性となって表れていくバリー&シンシア、この二組が拮抗していく物語がひとつの見せ場ですが、華々しいところではなく、むしろ曲達が生まれてくる裏側が、この物語の芝居部分になってくるんです。だから、どちらかというと地味になっているんですよね。

伊礼:そうなんだよね。

中川:その物語の部分に、パートナー同士の亀裂や、ベストチャートに載らないジレンマや苦悩が主に描かれています。その対比として、テレビをつければ、最高の私達が作った音楽が、ショーの中で最高のアーティスト達の歌唱によって歌われている。ショーと芝居のはっきりとした差が出ることによって、キャロルの成長の過程が軸となって面白く描かれていくんです。それぞれのピースを担っている実感があるので、アンサンブルのみんなが担うショー部分も含めて、それらがどうキャロルの成長という主軸にジョイントしていけるのか、太い幹に私達の芝居が繋がっていくのかを、演出家がどう組み立てていくのかが楽しみなところです。帝国劇場という大きい劇場で上演することも含めて、どう表現していくかを役者が提案していく、そう出来上がるような仕組みになっているのか。

伊礼:そういう仕組みになっているんじゃないかと思いますね。テンプレートを作り上げるのに10日間滞在していて、その間にすべてを与えたいということなので、僕も稽古を止めるような意見は言っていないです。今は進めることが必要で、すべてをクリアにしなければいけないなと。これから、ショー部分と芝居部分とのジョイントをしていく作業に入ります。

中川:「トランジェット」と言っていたよね。

伊礼:今、何かの疑問を問いかけると、全部が止まってしまうので、その時間が無駄だなと思います。この後、日本人同士で作り上げる10日間で出来たものを、改めてブロードウェイスタッフにプレゼンし、最後の10日間で直していけばいいんじゃないかと思っています。

――いまは大人しく。

伊礼:はい(笑)。大人しく、穏やかにやっております。

◆公演情報◆
ミュージカル『Beautiful』
2017年7月26日(水)~8月26日 (土) 東京・帝国劇場
[スタッフ]
脚本:ダグラス・マクグラス
音楽・詞:ジェリー・ゴフィン&キャロル・キング、バリー・マン&シンシア・ワイル
演出:マーク・ブルーニ
振付:ジョシュ・プリンス
訳詞:湯川れい子/翻訳:目黒 条
[出演]
水樹奈々/平原綾香(Wキャスト)、中川晃教、伊礼彼方、ソニン、武田真治、剣幸 ほか
公式ホームページ
〈中川晃教プロフィル〉
俳優、シンガー・ソングライター。2001年デビュー。その後、ミュージカル『モーツァルト!』の主演に抜擢され、第57回文化庁芸術祭賞演劇部門新人賞、読売演劇大賞優秀男優賞、杉村春子賞を受賞。主な舞台出演作に『きみはいい人、チャーリー・ブラウン』『フランケンシュタイン』『マーダー・バラッド』『ジャージー・ボーイズ』『グランドホテル』『DNA―SHARAKU』『HEADS UP!』など。『SONG WRITERS』『あかい壁の家』『星めぐりのうた』『銀河英雄伝説 撃墜王篇』『女信長』『ピトレスク』など、舞台出演と同時に楽曲提供もしている。
中川晃教official web site
〈伊礼彼方プロフィル〉
沖縄県出身の父とチリ出身の母の間に生まれる。幼少期はアルゼンチンで過ごし、その後、横浜へ。中学生の頃より音楽活動を始め、ライブ活動をしていたときにミュージカルと出会う。その後、ミュージカルやストレートプレイ、コンサートなど、ジャンルや役柄を問わず、幅広い表現力と歌唱力を武器に多方面で活動中。最近の主な出演作は、『王家の紋章』『お気に召すまま』『サバイバーズ・ギルト&シェイム』『あわれ彼女は娼婦』『グランドホテル』『ピアフ』など。12月には、ミュージカル『メンフィス』への出演を控えている。
伊礼彼方official web site

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筆者

岩村美佳

岩村美佳(いわむら・みか) フリーランスフォトグラファー、ライター

ウェディング小物のディレクターをしていたときに、多くのデザイナーや職人たちの仕事に触れ、「自分も手に職をつけたい」と以前から好きだったカメラの勉強をはじめたことがきっかけで、フォトグラファーに。現在、演劇分野をメインにライターとしても活動している。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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