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必見! カルト映画『ハネムーン・キラーズ』

“狂恋”による連続殺人を描く怪傑作

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

『ハネムーン・キラーズ』 公式サイトより拡大『ハネムーン・キラーズ』 公式サイトより
 凶悪カップルが繰り返す“新婚旅行殺人”を、鮮烈なモノクロ映像で描いた『ハネムーン・キラーズ』。1940年代後半のアメリカを震撼させた連続殺人事件を、オペラ作曲家レナード・キャッスルが劇映画化したカルトな怪傑作だ(1970)。

――女はお世辞にも美しいとは言えない、体重が100キロは超えていそうな巨漢看護婦長マーサ・ベック(シャーリー・ストーラー)。男はヒスパニック系で、いかにも胡乱(うろん)な感じのレイ(モンド)・フェルナンデス(トニー・ロー・ビアンコ)。

 レイは、アナログ時代の出会い系サイトともいうべき、新聞の「恋人募集(ロンリー・ハーツ)」欄に個人広告を出し、未婚女性を次々に標的にする結婚詐欺の常習犯だったが、アラバマの障害児施設に勤務していた情緒不安定ぎみで男運の悪いマーサは、「ロンリー・ハーツ」でニューヨーク在住のレイと知り合い、文通を重ねたのちにレイと対面、彼にぞっこん惚れこむ。

 レイは自分が結婚詐欺師であることを告白するも、マーサのレイへの愛は燃え上がるばかり。レイもマーサを愛するようになるが、まもなくマーサは同居していた母親も仕事も捨て、レイのパートナーになることを選ぶ。

 こうして運命的な出会いを果たした二人は、一蓮托生(いちれんたくしょう)の旅に出る。……マーサは、レイの狙う独身女性にレイの妹と称して(つまり結婚詐欺の共謀者として)近づいていったが、そんなある日、レイと親しげに接する元教師の女性マートルに激しく嫉妬し、殺してしまう。そして、この殺人によって脳のストッパーが外れたように、マーサは以後、レイのおびき寄せた標的を彼と共謀して次々と殺害していく――。

荒ぶる嫉妬心に焦点

 このように『ハネムーン・キラーズ』は、結婚詐欺、情痴殺人という陰惨な題材や、美男美女ではないキャスティング、はたまた15万ドル(約1704万円)という低予算の製作費において、典型的な「カルト・ムービー」だといえる(「カルト・ムービー」とは、幅広い層から支持される名作・ヒット作とは異なり、特定の観客層に鑑賞され、かつ熱狂的/マニアックなファンを持つ映画のことだが、「カルト」はもともと「祭儀」「宗教的崇拝」の意味)。

 だが『ハネムーン・キラーズ』には、「カルト・ムービー」に多いキワモノ映画とは微妙に異なるテイストもある。もちろん、さまざまなネガティブな感情や欲望で充満したような、マーサ/シャーリー・ストーラーの画面を圧する肥満体や、額の広い中年男レイのいじけた容貌、あるいは二人が手を染める詐欺や殺人のケチ臭さ、凶悪さ、救いのなさの描写には、「カルト映画」の匂いがぷんぷん漂う。

 しかしながら、この映画の強烈なエモーションは、マーサとレイの犯罪のいじましさ自体というより、むしろ二人をそうした犯罪へと否応なく突き動かした“狂恋”の強度によるのではないか。

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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