大原薫(おおはら・かおる) 演劇ライター
演劇ライターとして雑誌やWEB、公演パンフレットなどで執筆する。心を震わせる作品との出会いを多くの方と共有できることが、何よりの喜び。ブロードウェー・ミュージカルに惹かれて毎年ニューヨークを訪れ、現地の熱気を日本に伝えている。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
村井良大、ユナクらの熱演で、新演出版の一つの到達点を見せる
ミュージカル『RENT』がシアタークリエで公演中だ。
作者のジョナサン・ラーソンがプッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』を現代のニューヨーク・イーストヴィレッジに生きる若者たちに置き換えて描いたロック・ミュージカル。今の息吹があふれる作品は、世界のミュージカルの歴史を変えたと言っても過言ではない。ジョナサン・ラーソンがプレビュー公演初日前日に急逝する悲劇に見舞われながらも、ブロードウェイでは12年4カ月にわたりロングラン上演され、現在も世界各地で上演されているミュージカルの傑作だ。
今回は前回2015年公演時からの続投キャストに新キャストが加わり、ダイナミックなうねりとナイーブな繊細さを両立させた舞台になった。2011年よりオリジナル演出家のマイケル・グライフによる新演出版での上演が始まったが、今回の東宝版が新演出版の一つの到達点であるといえよう。
マーク役はシングルキャストで村井良大。ロジャー役はユナク(Wキャストは堂珍嘉邦)、ミミ役はジェニファー(Wキャストは青野紗穂)、エンジェル役は平間壮一(Wキャストは丘山晴己)の公演をレポートする。
このメンバーで見られてよかった!
今回見て一番に感じたことだ。前回からの続投キャストは、2015年公演時にそれぞれ役に生きてきたことを踏まえ、さらに2年の歳月の中で経験し成長してきた部分をぶつける。そこに新たなキャストが加わる化学反応で、前回よりもさらにパワーアップした公演となった。
中でも目を見張るのはそれぞれのキャラクターの鮮やかさだ。ジョナサン・ラーソンが音楽に映し出した人物像をキャストは体現する。エンジェル役の平間壮一のインタビューでも触れたとおり、『RENT』ではキャストが役に自分を寄せていくのでなく、それぞれのキャストがその役を演じたらどうなるかということに焦点が当たっている。自分をなくして役を演じるのではなく、自分が役になるのだ。これが『RENT』の大きな特徴の一つだ。
そして、村井良大のマークには「今」があった。
作品のテーマである「NO DAY BUT TODAY」(昨日も明日もない、今をただ一生懸命生きるだけ)をそのまま身内にたたえるリアルタイムさが村井のマークの身上だ。自分が撮りたい映画を撮りたいと願うフィルムメーカーのマークは1幕後半の「La Vie Boheme」で魂を爆発させる。村井の持つパワーがこのナンバーにはじけた。
一方マークは、ロジャーやミミのように命を懸けた大きいドラマを背負うわけではない。マークは自らを「傍観者」と歌う(「Halloween」)が、傍観者が物語の主役のキャラクターというのは珍しいことかもしれない(アメリカの作品だが、マークの存在の仕方は能のワキ方に通じるものがある気がする)。マークはHIVを身に宿しながらも懸命に生きる人たちを目の当たりにして、自分を確立させていないことに葛藤する。特に2幕のはじめのモノローグで「僕…? 僕はここ……どこにもいない」と語るマークが非常に印象的だ。自分は何者でもないという葛藤と焦燥に、激しく心を揺さぶられる。
マークは語り手でもあり、フィルムメーカーであるマークの視点が『RENT』では貫かれている。村井のマークが紡ぎ出すリアルな感覚が、観客に深い共感を呼んだ。そして、私たち観客の代弁者でもあり、『RENT』の世界と観客をつなげるブリッジでもあった。21年前に初演された『RENT』を「今の、私たちの物語」にしてくれたのは、村井マークがあってこそと思う。
◆公演情報◆
ミュージカル『RENT』
2017年7月2日(日)~8月6日(日) 東京・シアタークリエ
2017年8月10日(木) 愛知・愛知県芸術劇場 大ホール
2017年8月17日(木)~22日(火) 大阪・森ノ宮ピロティホール
2017年8月26日(土)~27日(日) 福岡・福岡市民会館
[スタッフ]
演出:マイケル・グライフ
振付:ラリー・ケイグウィン
[出演]
村井良大、堂珍嘉邦/ユナク(超新星)(Wキャスト)、青野紗穂/ジェニファー(Wキャスト)、光永泰一朗、平間壮一/丘山晴己(Wキャスト)、上木彩矢/紗羅マリー(Wキャスト)、宮本美季、NALAW(CODE-V) ほか
公式ホームページ
★平間壮一インタビュー