「政治家の皆さんも音読をしていれば、こんな恥を晒すことはなかった」
2017年07月26日
言葉がこれほど空疎になった時代はあっただろうか。
「そもそも」には「基本的な」という意味がある、という言葉の新たな解釈までもが、閣議決定で決められてしまうとは思いもよらなかった。
発端は2017年1月26日、衆院予算委員会での審議中、「共謀罪」の摘発対象となるのは「そもそも罪を犯すことを目的とする集団でなければならない」という安倍首相の答弁だった。
「そもそも」罪を犯すことを目的としている集団が対象となる。それであれば、「当初は」単なる宗教団体だったオウム真理教は摘発対象外なのか、と野党議員から指摘された首相は、「辞書で調べたところ、<そもそも>には<基本的な>という意味がある」と強弁した。
しかし、主要な辞書では、「そもそも」には「最初から」「はじめ」「元来」といった意味が並び、「基本的な」という意味が見つからない。そうした指摘を受け、安倍内閣は5月12日に「<そもそも>には<基本的な>という意味がある」とする答弁書を決定。さらに、続く5月26日、「首相が自ら辞書を引いて意味を調べたものではない」との答弁書を閣議決定するに至った。
ここまでくると、もはや喜劇としか言いようがない。
かつて、安倍首相は「云々」を「でんでん」と読み間違えたことでも注目を集めたが、都議選最終日、街頭演説中に巻き起こった「安倍辞めろコール」に対し「こんな人たちに負けるわけにはいかない」発言が飛び出し物議を醸した。
自身と異なる価値観の市民を「こんな人たち」とひとまとめにして否定した一国の総理大臣にあるまじき暴言、ここに至って「言葉を知らない首相」と笑って済ませるわけにはいかない状況になってきた。
このたび、政治家たちの言葉の劣化に警鐘を鳴らすべく『音読力 読み間違う日本語の罠99』(游学社)を上梓した山口さんに話を聞いた。この言葉のスペシャリストを突き動かしたのは、言葉を軽んじる社会への危機感だ。
「言葉を蔑ろにする社会は民主主義を破壊します」
「今の政治は、言葉をあまりにも蔑ろにしていると感じています。民主主義の基本は対話です。異なる価値観を持つ人たちが共存するには、お互いの違いを尊重しあうことが不可欠で、尊重しあい、理解しあうためには言葉がもっとも重要なのですが、その前提が共有できなければ、民主主義は危機的状況に陥りかねません。言葉が軽んじられ、空疎な言葉が飛び交う社会では、短絡的な思考が消費されていくだけになってしまう」
思えば、加計学園獣医学部の設立を巡り、官邸の関与を裏付けるような文部科学省内の文書について、当初、菅義偉官房長官は「怪文書のようなもの」という一言で片付けようとした。
あるいは、昭恵首相夫人と森友学園の「ズブズブの関係」について民進党議員から質問された時「そんな品の悪い言葉を使うのはやめた方がいい。それが民進党の支持率に出ている」と、安倍首相は言葉尻を捉え質問と全く関係のない反論を展開した。しかし1年前、衆議院のダブル補選の際、選挙協力をした野党陣営に対し、「民進党と共産党がこんなにズブズブの関係となった選挙は初めてだ」(産経新聞)と語っていたのは、ほかならぬ安倍首相である。
政権の杜撰な言葉の使い方は枚挙にいとまがない。
「しかし、この現象は、何も日本に限ったことではない」と山口さんは語る。
「自身のツイッターで短絡的な思考を撒き散らす大統領がいるアメリカも、同様の状況です」
米国のドナルド・トランプ大統領は、「フェイクニュース」「米国人の敵。病気だ」といった独断的な言葉でメディア批判を展開することで知られる。あるいは、「オバマ氏がトランプタワーに盗聴器を仕掛けた」と述べたり、スウェーデンの移民問題を扱ったテレビ番組を見て「昨夜、スウェーデンで何が起きているかを見ただろう」などと、まるで「スウェーデンでテロでも起きたのか!?」と思わせるようなツイートを発信。
発言する言葉の重みに無自覚な、短絡的な言葉が飛び交う現象の背後には「言葉の質の低下」があると山口さんは見ている。
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