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浦井健治が『ペール・ギュント』でダメ男に挑む!

身近な人を大切にするきっかけにしてほしい

米満ゆうこ フリーライター


拡大浦井健治=岸隆子撮影

 来年、平昌冬季オリンピックの開・閉会式の総合演出を務める韓国の演出家ヤン・ジョンウン。彼が、浦井健治をタイトルロールに日韓20人のキャストが出演する舞台『ペール・ギュント』を手掛ける。同作はノルウェーの劇作家ヘンリック・イプセンが150年前に書いた「劇詩」だ。2009年に韓国で初演された韓国版は、砂場のように敷き詰められた土の上で披露する斬新なパフォーマンスが評判を呼び、韓国で最も大きな賞のひとつ「大韓民国演劇大賞」の大賞、演出賞を獲得。2013年には来日公演をはたした。

 今回の日韓版は、世田谷パブリックシアターの20周年記念公演として、兵庫県立芸術文化センターとの共同制作で実現する。浦井演じるペールは、母親のオーセ(マルシア)の心配をよそに、自由きままに生きている。恋人のソールヴェイ(趣里)がいながらも世界を放浪し、波瀾万丈の人生を送ることになる。ヤンにその才能を見込まれたという浦井が、兵庫公演が行われる兵庫県立芸術文化センターで取材会を行い、今作について語った。

浦井版の『ペール・ギュント』に

拡大浦井健治=岸隆子撮影

記者:演出家のヤンさんは浦井さんに会ったことで新演出版の『ペール・ギュント』に取り組む意欲が湧いたそうですね。

浦井:ヤンさんとは何度か取材などでお会いしているのですが、会うたびに気さくな笑顔あふれる方。韓国を代表する演出家で、ソウル芸術大学の教授でもありますし、オリンピックも背負っている。そんな方なのに、僕に寄り添って浦井版の『ペール・ギュント』を作っていきたいと。ヤンさんにとってとても大切な作品です。僕と作ることで新しい旅になると言われました。それが、今、すごいプレッシャーになっています(笑)。ヤンさんには会うたびに僕の印象が違うと。今は出演中の『デスノート THE MUSICAL』の主人公・夜神月を身にまとっていますし、公演ごとに、その時その時で全然違うと。想像力がかき立てられるからうれしいとおっしゃいました。

記者:ヤンさんには日本人の役者は型にはまっているというイメージがあったけれども、日本で『ペール・ギュント』のオーディションを兼ねたワークショップを行ってその印象は変わったそうですね。

浦井:日本人は謙虚で、役者は俯瞰していたり、静かだったりするイメージを持っていたそうです。でも、会えば会うほど皆、オープンでエネルギーにあふれていると。韓国も日本も役者は変わらないという印象を受けたそうです。

人間を板の上でさらけ出すことで分析できる

拡大浦井健治=岸隆子撮影
記者:今回、日本語と韓国語を使った作品になるそうですが、浦井さんは何語で演じるのですか。

浦井:日本キャストは日本語で演じます。まだ台本が出来上がっていないのですが、ヤンさん曰く韓国のキャストは、もちろん韓国語の台詞もありながらも、例えば、登場人物のトロルなど日本語が完璧ではなくても面白く感じられるような役も考えられるのではないかとおっしゃっていました。その逆で、日本人が韓国語を喋る場面ももしかしたら、あるのかもしれません。きっと稽古をしていく中でヤンさんが色々な可能性を思いついていかれるのではないでしょうか。

記者:作品についてはどう思いますか。

浦井:イプセンという素晴らしい劇作家の代表的な作品です。男の生涯と、放蕩の旅を通して人生において大切なものは何かを描いている。女性は強く、男は自分を探すことに生きがいを感じながら自分勝手で逃げ腰だなと感じます。でも、最終的には人生は愛にあふれていることに気がつくという普遍的なテーマです。当時、この作品が上演されたとき、どんな反応だったのかも興味がありますね。あまりにも現代的で、今の時代に即した速度でポンポンと場面が数珠つなぎのように展開していく。お客さんもついていくのに必死になるはずです。僕もペールとしてその波に乗っていきたいです。

記者:ペールの青年から老年までを幅広く演じられます。

浦井:ペールは自分が中庸で普通の人間だということを認めたくないがゆえに、暴走する。そして女性が大好きでもある。色んなダメダメのペールが出て来るんですが、ペールの母親や恋人の大きな愛によって自分が成り立っていたことに気づくんです。ペールが老いたときに、そこをさらけ出せるのか、僕の課題ですね。

記者:この作品は主人公が冒険の旅に出る『ドン・キホーテ』にも似ていますね。ただ、ペールが旅を通して何を求めているかが分かりにくいのですが、浦井さんはどう感じられますか。

浦井:観客もそこでノッキングを起こすと思うんです。何て自分勝手なヤツと(一同笑)。ペールに感情移入できないかもしれません。でも、そのペールの暴れ馬的なところから、人間性を紐解くと、すごく純粋な部分が見えてくるんです。演劇は時代を映す鏡として成り立っていると言われますけれど、人間を板の上でさらけ出すことで分析できる。イプセンが描いた人間観察や実験性を僕は感じていて、人間の感情はこんなにも起伏があり、多面的だという学びの場になると思います。『ドン・キホーテ』も旅でそこを解いている部分があるかもしれないですね。

中庸であり、普通であることが共感を呼ぶ

拡大浦井健治=岸隆子撮影

記者:男としてペールに共感できるところはありますか。

浦井:ないです!(一同笑)。勝手すぎるだろうと。そんなに女の人を取っ替え引っ替えしたらダメでしょう、ペール君。それでもペールの恋人ソールヴェイは彼を待っている。よく母親も純粋に息子のことを信じているなと思いますが、僕の父が母親(浦井の祖母)を亡くしたとき、火葬場で大泣きしていたんですね。声をあげて。とても演劇的だったんです。まるで産声をあげてこの世に生まれたときと、同じような大きな声で。人生において親子の関係は永遠に続いていく大切な絆なんだろうなと感じています。

記者:ペールには共感しづらいとのことですが、どう役作りをされるのでしょうか。

浦井:ヤンさんが僕にぴったりだねっておっしゃるので、ショックを受けました(一同笑)。僕の何を見てそう言われるのかと。ペールは、「自分はすごいすごい、俺、モテルモテル」と言い、怖くなったらすぐ逃げるという友達にしたくないタイプです(笑)。そんな人に見えたかなぁ…と思いました。くれぐれもペールを僕だと思わないでいただきたいです(笑)。

 ただ、やっていることは遠いんですけど、一つ共感する部分が実はあって。学生時代に色んなことに興味を持って手を出していたことがあり、「中途半端」とよく友達から言われていたんです。ペールは普通である、中庸であるということにプライドを傷つけられる男で、そこがその時の僕と似ているんです。「中庸であるべき、満足しよう」というセリフがペールの核になっている気がします。結局、彼は自分を正当化したいと常に思っている。物語でボタン作りの職人が、色んな中庸な人を固めてボタンに作り替えるシーンがあります。そのときペールは「俺はそんな人物ではない」ともがき続けます。そこがあまりにも僕とそっくりなんです(笑)。

記者 現時点では、中庸であるということにはどう思われていますか。

浦井:この年齢になると、中庸のほうがいいかな、普通が一番かなと思いますね(笑)。ミュージカル、2.5次元、ストレートプレイなど演劇界がカテゴライズされる中、「このジャンルに出ている俳優だよね」というくくりで取材を受けることがある。でも、板の上に立てば、お客さまは知ったことではないですし、そこに身をさらすものとしては、普通であることが共感を呼ぶのではないかなと思います。

演劇は時代を映す鏡

拡大浦井健治=岸隆子撮影

記者:作品ではペールが「おのれ自身に満足しろ」というセリフが頻繁に出てきます。

浦井:重要なシーンが終わったときに、自分の心に向かってペールはそう問いかけたり、自分を罵倒したりするんです。常に彼は自分が嫌いでもあり、大好きでもある。大好きでないと、自分にそんなに興味を持たないと思います。どれだけナルシストなんだこの人、と思うぐらい「自分、自分、自分」なんです。それだけ自分が置かれている境遇に満足してないんです。満足していないからこそ旅に出る。例えば、すべてを手に入れた大手企業の御曹司だったら、コンピューターゲームしかしない人生だったかもしれない(笑)。何不自由なく、いくらでも女の子が寄ってくる男性だったら、外の世界に飛び出さないかもしれません。ある意味、ペールは恵まれているのかも。自分のことを分かっていないし、どこか憎めないんですよね、彼は。

記者:先ほど、「演劇は時代を映す鏡」だとおっしゃいましたが、今作ではどこでそう感じますか。

浦井:ペールが訪れる精神病院で、ペールの指示で、患者がナイフで自分を削ってしまうという狂人が登場するシーンがある。そこはショッキングで、リアルに感じますね。今は、SNSを使って匿名で簡単に発言でき、それが不特定多数に広がる時代。「ある方向に流れたら止められない」というあのシーンは、日々、SNSなどで多くの情報に操られている現代とあまりにも似通っている。情報に操られすぎて、何がニュースで何が正解なのか分からない。それは『ペール・ギュント』だけではなく、『デスノート』でも感じます。そして演劇はそこにメスを入れていると思うので、何が演劇の役割かというと、「時代を映す鏡」ということだと思います。

ヤンさんは新しいことが好き

拡大浦井健治=岸隆子撮影

記者:『ペール・ギュント』はグリーグの劇音楽が有名ですが、その楽曲は使われるのですか。

浦井:日本の方(国広和毅)が劇音楽を担当されるのですが、グリーグの曲が使われるかはまだ分かりません。仮の台本を読む限り、変わるかもしれませんが、僕は「マイウェイ」を歌う予定になっています。エキセントリックですよね(笑)。今までの作品や、2年前に白井晃さんが演出された『ペール・ギュント』とはまた違った作品になるでしょうね。

記者:兵庫公演は、12月30日(土)、31日(日)に上演されます。年末の大掃除で忙しい人もいれば、暇な人は暇という日ですね(笑)

浦井:一生懸命に働いて、「これだけやったよね」と30日、31日は自由。「捜さないで下さい」と置き手紙を書いて劇場に来る。新年には家族一緒に初詣に出かける、というのはいかがでしょう(笑)。おせち料理作りや掃除で忙しい人は来るか否か。そこはご自身の判断にお任せします(笑)。

記者:関西ではヤンさんの作品は初お目見えです。期待が高まりますね。

浦井:フラットに楽しんでいただけると思います。大みそかですし、お酒を引っ掛けて、明日は新年だなという気持ちで。ヤンさんも「稽古場には遊びに来る気持ちで楽しんでね、ガチガチになるのは望んでないから」とおっしゃっていました。稽古場がそうなら舞台でも同じになるのでは。キャストも若い人が多いので、フレッシュな座組です。舞台では次元や場所がドンドンと飛んでいきますので、その波に乗ってもらえばうれしいです。視覚効果も楽しめると思います。韓国版ではキャストが土の上で演じている。ヤンさんは新しいことがお好きですから、今回も色んなものを使って演出されると思います。『ペール・ギュント』を通して、日常の豊かさや、身近な人を大切にしようと思うきっかけになればいいと思います。遊びに来るような感覚で、ぜひ、劇場に来ていただきたいです。

◆公演情報◆
舞台『ペール・ギュント』
2017年12月6日(水)~24日(日) 東京・世田谷パブリックシアター
2017年12月30日(土)~31日(日) 兵庫・兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
[スタッフ]
原作:ヘンリック・イプセン
演出:ヤン ジョンウン
[出演]
浦井健治/趣里、万里紗、莉奈、梅村綾子、辻田暁、岡崎さつき/浅野雅博、石橋徹郎、碓井将大、古河耕史、いわいのふ健、今津雅晴、チョウ ヨンホ/キム デジン、イ ファジョン、キム ボムジン、ソ ドンオ/ユン ダギョン、マルシア
公式ホームページ
兵庫県立芸術文化センター

筆者

米満ゆうこ

米満ゆうこ(よねみつ・ゆうこ) フリーライター

 ブロードウェイでミュージカルを見たのをきっかけに演劇に開眼。国内外の舞台を中心に、音楽、映画などの記事を執筆している。ブロードウェイの観劇歴は25年以上にわたり、〝心の師〟であるアメリカの劇作家トニー・クシュナーや、演出家マイケル・メイヤー、スーザン・ストローマンらを追っかけて現地でも取材をしている。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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