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[3]アニメーションの現状と未来像

叶精二 映像研究家、亜細亜大学・大正大学・女子美術大学・東京造形大学・東京工学院講師

(C)2017ルー製作委員会『夜明け告げるルーのうた』 (C)2017ルー製作委員会
 完結編となる第3回では、湯浅政明監督作品『夜明け告げるルーのうた』をめぐる話題から、転機を迎えた日本のアニメーションの現況、絵の描き方・動きを創造する方策をどう教え伝えるかといった教育の難題に至るまで、ベテラン作画監督ならではの視点から広範に語って頂いた。

 3回の連載を通じて、一般読者の方々から業界関係者・志望者に至るまで、アニメーション全般とアニメーターという職種について少しでも興味を喚起する機会を提供出来ていれば幸いである。 (司会・構成/叶精二)

安藤雅司(あんどう・まさし)
1969年生まれ。アニメーター・作画監督。1990年、スタジオジブリ入社。2003年からフリー。主な作画監督作品に『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ももへの手紙』『思い出のマーニー』『君の名は。』など。
稲村武志(いなむら・たけし)
1969年生まれ。アニメーター・作画監督。シンエイ動画で動画・動画チェックを担当後、1991年、スタジオジブリ入社。2014年退社後フリーを経て、2017年よりスタジオポノックに所属。主な作画監督作品に『ハウルの動く城』『ゲド戦記』『コクリコ坂から』『メアリと魔女の花』など。
映画『夜明け告げるルーのうた』公式サイト
Blu-ray&DVD 10月18日(水)発売 Blu-ray ¥5800+税 DVD ¥4800+税
発売元:東宝/フジテレビ 販売元:東宝
(c)2017ルー製作委員会

『夜明け告げるルーのうた』(C)2017ルー製作委員会『夜明け告げるルーのうた』Blu-ray&DVDジャケット (C)2017ルー製作委員会

『夜明け告げるルーのうた』をめぐって

――ここ数年、日本のアニメーションはテレビも映画も量産の一途をたどっています。それを支える制作現場の労働が過酷であるという現実が、報道などを通じて今更ながら語られる機会が増えています。一方で、Flash(※アドビ社の簡易アニメーション制作ソフト「Adobe Animate」の旧称)で制作された湯浅政明監督作品『夜明け告げるルーのうた』がアヌシー国際アニメーション映画祭の長編部門でクリスタル賞(最高賞)を受賞したことが話題となりました。

 制作環境や制作ソフトの見直しの動きもあります。また、アメリカのNetflix社を筆頭に世界規模の有料配信サイトで日本製の新作アニメーションが多数制作されるなど、テレビ・劇場が中心だった公開方式に地殻変動が起きています。

 日本のアニメーションは今年で生誕100年を迎えました。様々な意味で、転機を迎えているように思うのですが、今後の業界の展望なども含めてどうお考えでしょうか。

稲村 契約の打ち合わせでは「もう少し動画と仕上げの単価(1枚当たりの出来高)を上げられないものだろうか」という話をすることがあります。確かに、現状は、生活するには厳しい現場がほとんどだと思います。自分の作品を世界に向けて簡単に発信出来てしまう現在のような状況下で、地道に絵を動かす志向性を持った若い人をどう育てるのかという教育の問題も切実なものがあると思っています。どういう改善があり得るのかは、業界全体の課題としてきちんと話し合っていく必要がありますね。

安藤 配信会社が大規模な予算を用意するらしいという話は聞きました。それが成功すれば、状況は変わるかも知れませんね。

 また、『…ルーのうた』が注目されたことで、Flashを導入すれば人件費や製作費の問題に解決の展望があるのではないか……といった見方が一般の方々から出て来るのもよく分かります。でも、それほど単純な問題じゃないとも思います。才能あふれる湯浅さんたちだからこそ、あそこまで出来たのでしょう。前提として、ソフトの活用以前にアニメーターとして、監督としての力量があったからこそ、作品が評価されたのではないでしょうか。

――Flashは原画の間を自動的に割るソフトですから、単純に考えると動画の行程が合理化されると思われてしまいます。しかし、これまでFlashはごく簡単な動きの生成しか出来ないように思われていました。湯浅さんたちのスタジオ「サイエンスSARU」では、1枚の原画を大量のパーツに分解して「カットアウト(切紙)アニメーション」のように重ねて動かすことで、複雑な動きを成立させていると聞いています。それは、フランスなどヨーロッパ諸国ですでに導入されている制作行程と同じですね。

安藤 『…ルーのうた』でも、ヨーロッパで経験を積んだ優秀なスタッフがパーツの切り分けを迅速に行っていたと聞きました。パーツをどう分けるかという素早い判断が出来て、なおかつそれらを頭の中で一つの塊として捉えて動かすイメージが出来ていないと活用は難しいでしょう。元になる動きのセンスや経験も必要だと思います。つまり、上手な一枚絵を描くのと同等か、それ以上の職能を持つ人材が現場に不可欠だと思いますね。切紙で立体的な絵を構成する感じでしょうか。

 『…ルーのうた』とは違う話ですが、片渕(須直)さんは描かれた原画の一部を切り分けて、タイミングを変える「切紙アニメーション」のようなことを『この世界の片隅に』(2016年)の動画チェックで試していたそうです。要するに完成形をしっかり思い描ければ、手描きであることのこだわりを超えてそこに近づけるために工夫を重ねて良いものを生み出そうということが出来るのだと思います。

 結局、ソフトの導入よりも、それを使いこなす人の問題が大きいんですよ。逆に才能ある人間がデジタル技術に精通すれば、それだけ可能性も広がるのでしょうね。

稲村 僕らがやっているような作品で、従来のやり方から離れるのは簡単ではないでしょうね。結局「どんな作品を作りたいのか」に尽きるんですよ。設備投資にお金をかけてソフトや環境を整えたとしても、それで良い作品が出来るわけじゃない。「このシーンを実現するために、このソフトが必要」、あるいは「このソフトの絵なら、この映画が撮れる」という動機の部分が鮮明でなければ、設備の維持費やメンテナンス料に首を絞められるだけになるでしょう。実際、ハードやソフト一式を主要スタッフ全員分そろえるだけでも大変な出費です。その分の効果がきちんと作品に反映されるかどうかだと思います。

――制作ソフトの選択肢が増えたとしても、それを上手に使いこなす才能が増えるわけではないということですね。ソフトの問題で言えば、日本のほとんどのスタジオで導入されていたアニメーション制作ソフト「RETAS」(※日本企業セルシス社の2Dアニメーション制作ソフト)のメーカー製造終了が決まりました。日本の次世代ソフトがどこになるのか、という点でも業界全体が分岐点に立たされていますね。

稲村 ジブリでは長年「Toonz」(※イタリアDigital Video社の2Dアニメーション制作ソフト。国内ではスタジオジブリのみ使用。2016年にフリーソフト化)を使ってきましたが、『メアリ…』では外部との連携も考えて基本的に「RETAS」を使っていました。シーンによっては「Toonz」も併用しました。現在は「CLIP STUDIO」(※セルシス社が2017年に公開した「RETAS」後継ソフト)を個人的に勉強したりしていますが。ポノックはまだ始まったばかりのスタジオですから、業界全体がどの方向へ行くのかも見ていく必要があります。制作ソフトや環境が今後どうなっていくのかはまだ分かりませんね。

絵と動きの上達法をどう教えるべきなのか

――今後の日本のアニメーションを担う新人教育について伺います。お二人は指導的なお立場で関わる機会が多いと思いますが、人材育成についてはどうお考えでしょうか。

安藤 ジブリでやっていた時代には新人の面倒を見ることもありましたが、そこでは「ここはどういう風に描けばいいんでしょうか?」とか、いろいろ聞かれるわけです。でもこちらとしては、どう応えたらいいか悩むんですよ。

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