川上和人 著
2017年09月22日
今回から「神保町の匠」のメンバーの一員となりました。どうぞよろしくお願いします。
記念すべき1回目……何を取り上げようか散々迷ったが、この本を紹介したい。鳥の生態を専門とする研究者が、その日常をつづったものだ。
『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』(川上和人 著 新潮社) 定価:本体1400円+税
そもそもわたし自身、鳥をどれくらい知っているか。ニワトリ、スズメ、カラス……わずか10ほどしか挙げられなかった(一般にはどのくらいなのでしょうか)。鳥にそれほど関心がないことに気づかされた。
ただ、この本には惹かれた。そもそもタイトルが普通ではない。表紙からわくわくした感じがあふれている。
読んで引き込まれた。一行一行に知らない話がつまっているのだ。
なかでも小笠原諸島での調査の顛末がつづられた、第2章「鳥類学者、絶海の孤島で死にそうになる」は、ぶっ飛んでいる。
調査地は南硫黄島。第二次大戦で激戦地となった硫黄島から、60kmほどはなれたところにあるこの小島は、過去に人間が住んだことがなく、調査もこれまで3回だけの貴重な原生自然らしい。
調査での上陸は、人間の影響を最小限に抑えるため、また外来種を持ち込まないための方針が徹底している。ありとあらゆる道具を新調し、新品を買い直すのが難しい道具は「冷凍で凍らせ、アルコールで拭き、掃除機で吸い、お祈りをし、可能な限りの対策」をする。荷造りの際はバルサンを炊き、目張りした「高気密サウナ室」のような部屋で行う。
さらに隊員は、出発の1週間前から種子のある果実を食べることを禁じられる。
手つかずの自然が残る島……生物の楽園のような島を想像するが、それは実態を知らないメルヘンのような発想だと気付かされた。
霧の濃い林の中に点々とあるのは鳥の死体。見れば蔓(つる)や枝にも引っかかっているというから、おそろしい。さらに、夜になってヘッドランプをつけて調査しようとすると、
「突如わき上がったのは、口内の不快感と嘔吐の声だった」
無数のコバエがランプに集まり、呼吸とともに口と鼻から侵入してきたという! ギョエー! さらに、呼吸とともにコバエを吐き出すのだが、吸ったコバエより出て行くコバエの方が少ないことに気づいた著者の発想がすごすぎる。
「このハエは、鳥の死体を食べて育っている。体の素材は鳥肉100%。そうか、口に入っているのはハエの形をした鳥肉だ。それなら我慢できる」
鳥類学者、ただものではない……。
エピソードも楽しいが、文体も味があり楽しい。一例を紹介する。
「西之島の東南に生じたので、東南西之島という前衛的な命名を期待した。しかし、あふれる溶岩により島の成長は止まらず(中略)我が盟友たる新島部分は、2014年9月までに溶岩に飲まれ、41年の生涯を終えた。バカボンのパパと同い年である。私は、人知れず友の死を悼んだ」
「私は寒がりで冬はフィールドに出ない。日本国民には言論と寒がりの自由が保障されているので、コタツで自在に丸くなる。(中略)こういう時はおコタでエア鳥類学に限る。今日は秘蔵のお菓子ボックスで見つけたキョロちゃん相手に脳内研究に励む」
独特の文体は、読むときのハードルになることもあるが、中毒性も高い。すっかり中毒となったが、一方でこのクセや脱線をシンプルにしたらどうなるだろうか。さっそく頭の中でやってみたが、無味乾燥で、論文のようになってしまった。
この味のある文体が、話を盛り上げる。本の魅力の大きな一つが、知らないことに出会えることだと私は思っているが、この本は意外なことが次々に紹介され、さらに文体にはまり、「ああ、本っていいな~」としみじみ思った。
さて、わたしのことに話を戻す。
今回、メンバーに加わることになったときはうれしく思ったが、その後、そもそもわたしなどでいいのかと悶々としていた。
この上の3行を書くのに書いたり消したりを繰り返し、実は1時間半もかかってしまったほどの小心者だが、本好きの一人として、「ああ、本っていいな〜」と思ったことをかっこつけずに書いていきたい。どうぞよろしくお願いします。
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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