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豊田真由子議員の謝罪会見、「ちがうだろ〜!!」

彼女の感覚と世論は大きくズレている

横田由美子 ジャーナリスト

記者会見で謝罪する豊田真由子衆院議員=18日午後、埼玉県新座拡大記者会見で謝罪する豊田真由子衆院議員=2017年9月18日、埼玉県新座市
 最初から最後まで、ヘタな芝居を見ているかのような「記者会見」だった。

 9月18日、約3カ月間の沈黙を破って、豊田真由子議員(無所属、当選2回)がようやく謝罪会見をひらいた。茶髪の髪を黒に戻し、化粧は薄く、眉毛のカットもソフトに変え、黒いスーツに黒のローパンプスと、作り込んだ地味な装いで会見に挑んだ。

 しかし、万全の態勢で臨んだはずの記者会見は、当初こそ、お詫びの気持ちが溢れ、反省の色が見えたが、時間が長引くにつれ、趣(おもむき)が変わっていった。途中、たびたび見せた笑顔の理由を追及され、最後、スクープを暴いた「週刊新潮」の記者に対する答えでは、それまでのしおらしさをかなぐり捨てて、戦闘モードでたたみ掛けた。これには、「秘書に暴言を吐いた姿が本当の豊田真由子」だと確信した人も多かったと思う。

 元秘書への暴行の詳細については、明言を避けた。理由がまたふるっている。

 「刑事事件については捜査中なので、詳細はお話しできない」

 暴行事件どころか傷害事件にまで発展しかねない中、それでは、なぜ今「会見」をひらいたのか。誰もが疑問に感じただろう。(音源が残っている以上認めざるを得ない)暴言についても、

 「どうしてあんなことを言ったのか、どうかしていたとしか思えない」
 「過去、一度もこんなことを言ったことがない」

 と、認めつつも、「パニックで自分自身を失った」と、体調やメンタルを原因にした。

 「これで、次の衆議院選挙での当選は、絶望的になった。そもそも、都議選惨敗の一番の原因をつくったのに、『議員活動を続けたい』と宣言すること自体どうかしている。今や、国会議員のバッジが彼女にとって唯一のレゾンデートル(存在証明)なんだろう」

 と、同期の自民党議員は突き放すように言った。

 彼の選挙区でも、豊田議員のつくった傷は未だ癒えておらず、このまま選挙に突き進んでいくことがほぼ決まった今、自分自身も相当に厳しい戦いになるとつぶやいた。

 会見翌日のワイドショーなどでは、大幅に時間を割いて豊田会見を特集していたが、肯定的な意見はほとんどなかったように思う。

後援会長も「協力できない」

 前稿で私は、豊田議員に対して、かなり辛辣なコラムを書いたが、この会見を見て、改めて豊田議員の持つ“二面性”を認めるに至った。

 コメンテーターの意見の大半が厳しいものだったのは、私と同様の違和感をもったからではないか。会見場の外には、有権者が集まり、「ちがうだろ〜! !」と、書いた紙を持って抗議していたともいう。

 何よりも有権者が「ちがうだろ~」と感じていたのは、豊田議員が議員辞職をすることなく、次期衆院選に無所属で出馬することを示唆したからではないか。

 豊田議員は、後援会幹部の応援を頼みにしているようだが、それは考えが甘いというものだ。後援者の多くが応援しているのは、結局のところ、豊田真由子自身ではなく、政権与党である自民党所属で、自分たちに何らかの「利益をもたらす豊田真由子」である。

 事実、豊田議員の後援会長は、会見から一夜明けた19日、「もはや協力できない」と不支持の意向を示した。また、二階俊博自民党幹事長も豊田議員の埼玉4区を含め「空白区はつくらない」と明言。当選は厳しいどころか、絶望的になったと言ってもいいだろう。この事態に一番驚嘆しているのは、豊田議員自身ではないかと思う。それほど彼女の感覚と世論とはズレていた。

後援会の集会に向かう途中で、頭を下げる豊田真由子衆院議員=18日午後5時3分、埼玉県新座市20170918拡大後援会の集会に向かう途中で=2017年9月18日、埼玉県新座市

謝罪会見が「失敗」した理由 ・・・ログインして読む
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筆者

横田由美子

横田由美子(よこた・ゆみこ) ジャーナリスト

1996年、青山学院大学卒。雑誌、新聞等で政界や官界をテーマにした記事を執筆、講演している。2009年4月~10年2月まで「ニュースの深層」サブキャスター。著書に『ヒラリーをさがせ!』(文春新書)、『官僚村生活白書』(新潮社)など。IT企業の代表取締役を経て、2015年2月、合同会社マグノリアを設立。代表社員に就任。女性のためのキャリアアップサイト「Mulan」を運営する。

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