

雪組公演『CAPTAIN NEMO』が波紋を呼んでいる。その盛り上がりっぷりは、同じく賛否両論だった花組の『邪馬台国の風』とも一味違うようで、批判の中にも愛とユーモアが感じ取れる。多くのファンがこの状況自体を楽しんでいるようにさえ見える。
その突き抜けっぷりから、「迷作(名作ではなく)」「珍作」「怪作」など、様々な言われ方がなされているようだ。だが、迷作も珍作も一周回れば愛着が湧く。きっと後々まで語り草になることは間違いないだろう。そして私は、この状況にタカラヅカの底知れぬパワーを感じ取らずにはいられない。今回は『CAPTAIN NEMO』に垣間見える、3つのタカラヅカのすごさについてみてみよう。
ネモ船長、大義のために生きているけれど
「これ……詰めの甘い『アナジ』(1996年雪組)なのでは?」と、私などはふと思ってしまった。20 年も前の作品を例に出してしまい恐縮だが、この他、『サン=テグジュペリ』(2012年花組)、『Samourai』(2011〜12年雪組)、『EL DORADO』(1997年月組)など、どうやら人によって様々な作品を想起するらしい。いずれも『CAPTAIN NEMO』と同じ谷正純氏の作品である。
谷作品には不思議と「記憶に残る」ものが多い。結局、言わんとすることは20年来変わっていない気がする。「戦いのない平和な世の中を!」 という崇高な大義のために殉じていく人たちの物語なのだ。
ここで少し整理しておくと、谷正純氏の作品には3つの系譜がある。一つは『こうもり』(2016年星組)、『THE MERRY WIDOW』(2013年月組)、『ジプシー男爵』(2010年月組)のようなオペレッタをもとにしたもの。もう一つは『銀二貫』(2015年雪組)、『雪景色』(2009年雪組)、『くらわんか』(2005年花組)のような日本物。そして、それ以外のオリジナル作品である。ここで「谷作品」と称するのは三番目のオリジナル作品群のことである。
「谷作品では人がたくさん死ぬ」、そして「谷作品にはロマンスがない」とは、よく言われることだ。だが、それは谷作品の主人公が「大義のために」生きるが故なのだ。そんな男の人生において色恋の優先順位は低い。必然的にロマンス色は薄くなる。また、高邁な理想を目指す過程で多くの人の命が犠牲になったりもする。だから、やけに人が死ぬのだ。
今回の『CAPTAIN NEMO』にもそんな谷作品らしい味付けがこってりなされている。副題にある通り、原作はジュール・ヴェルヌのSF小説『海底二万里』だ。だが、この作品のネモ船長は、潜水艦ノーチラス号でもって列強の植民地支配にひとり立ち向かう。虐げられた人々を助け出し、秘密の島「マトカ島」に住まわせ地上の楽園を作ろうとしている。まさに大義のために生きる男である。
大義のために生きる男は上手く描ければカッコいい。だが、一歩間違えると理解不能な謎キャラクターにもなりかねない。残念ながらネモ船長は、そのスケールが大きすぎたせいか、少々理解しにくい人物だった。
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