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「ひよっこ」が描いた勝ちにいかない美しい人生

自由って何ですか? 無心のみね子と女子に効く宗男おじさんからもらった宿題

矢部万紀子 コラムニスト

ひよっこ朝ドラ「ひよっこ」の公式サイト(NHK)より
 昨今であれば、小池百合子さんが典型なのだが、「勝ちたい人の勝ちたい人による勝ちたい人のための●●」ってものが増えすぎて、まるでついていけない。

 小池さんの場合、●●にはまず「排除」が入り、その後「選挙」が入って、その後ひょっとしたら「政権」が入るって噂もある。「政権」が小池さんに転がっても転がらなくても、●●に「改憲」っていうのが入る日が近づいていると思うと、心の底からどんよりする。

 という話はこれ以上、深入りしないのだが、●●に入る言葉は永田町にだけあるわけではもちろんない。「メディア」っていうのもあるなーと思うし、「経営」もそうだなーと思う。あと何だろう、「社会」っていうのが一番大きいかな。

 社会がそういうふうになってしまったなー、リーマンショックの後あたりから始まって、アベノミクスになって拍車がかかったよなー、いいです、私は勝たなくていいです、でもそういう人間って終わってる感じですよね、今の社会では。などとブツブツ言っても、誰も答えてくれない。

 「ひよっこ」は違った。

 勝たなくていい。勝ちにいかない人生でいい。そっちが普通。普通は、とても美しい。

 そんなふうに毎朝、私に言ってくれた。だから、しょっちゅう泣いた。大好きだった。

ナンバーワン、オンリーワンと勝ち組負け組社会

 最終回を迎えてしまった9月30日、日本橋で柳家喬太郎さんの落語を聞いた。

 幼い丁稚さんが半年前の花見の様子を思い出すよう、旦那さんに迫られて、こう言っていた。

 「そう言われましてもダーさま、ひよっこのお父さんではないですから、思い出せないのでございますよ」

 どっとわいた。大好きで追いかけている喬太郎さんだが、朝ドラを高座で語ったのは私の知る限り「あまちゃん」以来だった。

 喬太郎をして語らしめる朝ドラ。「あまちゃん」と「ひよっこ」という傑作。喬太郎さーん、気が合いますねーと心の中で手を振った。

 「あまちゃん」が鮮やかな切り口で、キラキラ輝きながら「ファイト!」と言ってくれるドラマだったとすると、「ひよっこ」は狙いを心に秘めながら、優しく静かに「ファイト」と語りかけてくれた。

 1964年から4年間のお話。主人公みね子(有村架純)は行方不明になった父の代わりに稼ぐべく集団就職で上京し、最初の勤め先である向島電機が倒産し、縁あって赤坂の洋食店で働き、最後にそこで出会った見習いシェフとの婚姻届にハンを押す。詰めれば、それだけの話だった。

 登場人物はみな、勝ちにいかない人だった。でも、努力する人たちだった。その人たち一人ひとりが丁寧に描かれ、そこにある真っ当さ、そこにある熱、そのようなものに触れられた。そのたび、泣いた。

脚本を手がけた岡田恵和脚本を手がけた岡田恵和さん
 脚本家の岡田惠和は、「ひよっこ」を終えるに当たってインタビューを受けていた。

 ヒロインのことを「朝ドラだからという理由で、主人公は夢のある人というふうに決めるのも、ずいぶん強引な話だなって思うんです」と語り、舞台にした高度成長期を「ナンバーワンもオンリーワンも特に求められていなかったと思う」と語っていた。そして「そういう(ナンバーワン、オンリーワンの)考え方が今を生きる子どもの枷(かせ)になっているように思う」と続けていた。

 夢、ナンバーワン、オンリーワン。こういうものの隣に、勝ち組負け組社会がある。その考えが枷になっているのは、子どもだけではない。そのことを、実は岡田さんもわかっていると思う。

宗男おじさんは女子に効く

 みね子の父の弟、宗男おじさん(峯田和伸)については、この欄で以前にも書いた。

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