驕り高ぶっていた希望の党
2017年10月30日
今回の「小池敗戦」の原因は、ひとえに小池氏の「排除します」発言と専横、その側近たちの驕りにあるとされる。私もその意見に賛成だ。
解散直後、東京の選挙区は、「希望の党」によって、他の党の地盤は「焼け野原」になると言われるほど勢いがあった。
その頃、今や最後の圧力団体と異名をとる業界団体の長と希望の党との会合をとりもとうと、引退したがいまだ政界に影響力を持つ元大物政治家が動いた。その団体は力衰えたといえども、いまだに全国レベルでの組織力を誇っている。当然、小池氏たちから感謝されるだろうと、その長老も考えていた。
公示日前、私が、「そういえば、あの話(=会合)ってどうなったんですか?」と、会話のついでに水を向けたところ、その長老は、
「あいつらは、何様だと思っているんだ」
と、語気を強めて怒り出した。
だいたいこういうストーリーだったと思う。長老が、懇意にしている「希望の党」発足メンバーを通じて話を持ちかけたところ、
「向こうが挨拶に来るならわかるけど、なんでわざわざ会合を持たなければいけないのか」
という返答を申し訳なさそうに持ってきたというのだ。
「野田(数・東京都知事特別秘書<政治担当>)が言ったのか若狭(勝・衆議院議員<当時>が言ったのかはわからないが、あまりにも思い上がっている。野田なんて、都議会議員と市議会議員を何期か務めただけで、『小池百合子』の看板がなければ何の価値もない男だろう。若狭にしても、元特捜検事だかなんだか知らないが、国会議員を2期やった程度だろう。それが、自分たちよりはるかに年上の社会的立場のある人間に対して『挨拶に来い』とは何事か! 人気が瞬間的に凋落するのも当然だ! 国民はバカじゃない」
と、最後は机を叩いて怒った。その剣幕に私が恐れをなしたほどだ。
結局、急激に失速した「希望の党」公認で、東京の小選挙区で当選したのは、長島昭久議員(21区)ただひとりだったが、失速の前兆は、安倍総理が解散宣言をし、希望の党人気が炸裂していた時に既に見えていたことになる。
公示日直前には、候補者の強引な国替えも行った。これも、指摘されているポピュリズムどころか、有権者の目線から完全に乖離していたことのあらわれだろう。やはり国会議員は、地方議員や後援者を含めて、地元に支えられ、地元の声を聞き、国政に届けなくてはいけないと思う。だからこそ、国替えなど簡単にしてはいけないのに、小池代表たちはそんなことにすら気がまわらないほど、驕り高ぶっていたのだ。
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください