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[書評]『沖縄子どもの貧困白書』

沖縄県子ども総合研究所 編著

野上 暁 評論家・児童文学者

官民一体による取り組みが提起する明日への希望  

 沖縄の子どもの貧困率は29.9%と、全国の13.9%を倍以上も上回っているというのは衝撃的である。もっともこの数字は、沖縄県が他県に先駆けて独自に調査した結果わかったものなのだ。

 そこに、沖縄県における子どもの貧困に対する取り組みの切実さと、いち早く官民挙げて真摯に取り組んだことによる、未来への可能性も見えてくる。この本が紹介している、子どもの貧困に取り組む「沖縄モデル」は、実効力のある指針を全国に向けて提示して見せるのだ。

『沖縄子どもの貧困白書』(『沖縄子どもの貧困白書』沖縄県子ども総合研究所 編著 かもがわ出版) 定価:本体2700円+税『沖縄子どもの貧困白書』(沖縄県子ども総合研究所 編著 かもがわ出版) 定価:本体2700円+税
 2013年6月、議員提出により「子どもの貧困対策の推進に関する法律」が国会の全会一致で成立し、翌年1月に施行される。

 これを受けて政府は、内閣総理大臣を会長とする「子どもの貧困対策会議」を設置し、「子供の貧困対策に関する大綱」を策定した。この中に「子供の貧困に関する指標を設定し、その改善に向けて取り組む」という一項があり、全国の都道府県に対して25項目の指標をあげてその改善を指示し、「子どもの貧困対策計画」の策定を努力義務としていた。

 しかし、政府が示した指針は、生活保護母子世帯(0.7%)、児童養護施設(0.3%)、ひとり親世帯(7.6%)と、厳しい生活状況におかれた子どもたちの状況把握であって、すべての子どもたちの生活実態を把握したものとは言い難かった。これに対して、沖縄県議会から、指標だけではなく、より具体的な実態調査を行い、県民の生活実態に即した計画策定を行うべきだという趣旨の提言が出され、調査予算もつくことになる。その調査業務委託先として、「沖縄県子ども総合研究所」が選定されたのだ。

 研究所は、前沖縄大学学長で名誉教授の加藤彰彦(研究所顧問)を研究統括に、子どもの貧困に精通した研究者による特別研究チームを結成し、全国に先駆けて「子どもの貧困率の算出」と「子ども調査」を実施することになる。

 この本は、その調査の仕方と、調査の過程での実践記録やそこで見えてきたこと、様々なデータと調査関係者の証言などによってまとめられたものだ。深刻なデータと当事者たる子どもたちの証言などから浮かび上がってくる事実の重さには困惑させられるのだが、現場での子どもに寄り添った真摯な対応と、それに伴う改善の可能性から、新たな希望が見えてくる。

 データによると、小学校高学年の子どものいる世帯の年間世帯収入は、200万円以下が23.3%で、全国の6.7%の約3倍。200万円~300万円以下は、沖縄が20.0%だが、全国では8.2%。年収300万円未満の家庭が、累計で43.3%と他都道府県に比べて圧倒的に多いのだ。15歳未満の年少者比率が、全国の12.8%に比べ、17.5%は第1位。合計特殊出生率1.86%も全国平均の1.42%に比べてトップ。ちなみに、離婚率、母子世帯の割合、新規高校卒業者の無業者比率、新規大学卒業者の無業者比率、などが軒並み全国で第1位。

 それとは反対に、高等学校進学率、大学等進学率、高卒男子女子の初任給、大卒男子の初任給、パソコンの所有数などは、すべて全国で最下位である。これらの数字は、インタビューや証言から見る貧困の様態と微妙に絡み合っている。

 離婚率の高さは母子家庭率の高さにもつながり、高校大学進学率の低さにも影響してくる。県立高校教諭によれば、就学支援金などの公的援助により、授業料支払い義務があった頃より経済的理由で学校に通えなくなる子どもは減ったという。しかしアルバイトをして通学費や昼食代、教材費、携帯電話代などを捻出する生徒の他、家計を支えている生徒もいるという。

 母と弟と3人暮らしの南くんは、精神的に不安定な母親が就労困難のため生活保護を受けている。1年生の時不登校になり留年を2回するが、英語の教科担任にあこがれ、英語教師になるという希望を持ち、そのことによって成績が飛躍的に伸びて、アルバイトで進学資金をため、AO入試で県内の私立大学に合格。しかし生活保護家庭からの大学進学には様々な困難が付きまとう。それを教師たちの連携でクリアするものの、アルバイト収入が増えると生活保護費が減らされると母親は反対する。受験勉強とアルバイト、家事、弟の世話、生活費が削られたことによる母親の愚痴。それらに疲れ果てた南は進学を断念しようとするが、教師が踏み止まらせて授業料免除の特待生で大学入学を果たす。ところが奨学金を母親に使いこまれて2年次で休学に追い込まれる。役所の支援を受けて1年休学の後に復学した南は、短期海外留学に出て希望の実現に向かっているという。

 生活保護家庭の場合、子どもが就職して収入を得ると保護費が削られるので、親と別居して県外就職するしかない。父親の暴力が原因で両親が離婚し、生活保護を受けている翔くん。母親が重度の鬱で働けなくなり生活保護を受けることになり、翔は中学3年になってやっと特別支援教室に通えるようになり、高校に合格して入学する。担任ばかりか校内の他教師や地域若者サポートセンターステーションの職員らの連携で、翔は高校を卒業して、都内の企業に就職することができた。

 「遊びたい盛りの若年妊娠、そして離婚。生まれた子の孤食、夜更かし、情緒混乱。その子がまた若年妊娠」。この「負の連鎖」をどこで断ち切るか。公立中学の教頭は、全員を高校にあげようという目標をたて、不登校の子どもの親だった経験をもとに、生徒たちだけではなく、保護者を巻き込んでの朝食会と講座を企画し、家庭と学校の協業で成果を上げていく。

 沖縄は文部科学省の全国学力テストで2007年の開始以来ずっと最下位だった。それが教育委員会の学力向上対策によって14年度には全国24位に急上昇する。その過程で、貧困家庭の子どもたちは過剰な負荷が強いられる。全国学力テスト体制は、差別意識、いじめを生みやすいと、琉球大学名誉教授の藤原幸男は指摘する。「必要以上に同質であることを求める学校文化になじめず、排除される子どもを次々と生み出している現状で、その根本的原因を問わないまま、はじき出された子、はみ出してきた子に対処するだけでは問題は解決しない」と、沖縄タイムス社の田嶋正雄は記している。

 「沖縄では、理不尽で無謀な戦争と、その後のアメリカによる支配、さらに日本政府による政策によって、それまで大切にされてきた、ともに生きていくという暮らし方が奪われてきました。しかし未来への危機感、次世代への不安感から新たな共同社会実現への思いが県民の間にうまれ、1995年の少女暴行事件をきっかけに、県民自身による自主的自立的な実践活動が生まれ、現在に至っている」と、加藤彰彦はいう。

 そして、地域と市民が一体となった、子ども食堂や子どもの居場所作りのネットワークなどの取り組みを通して、「失われつつあるコミュニティをもう一度、新しい形で再生し創造しようという試みであるように思われます」と述べ「子どもが夢と希望を持てる時代をつくり出す協働のモデルを、沖縄は確かに示している」と締めくくる。70年代に野本三吉名で『不可視のコミューン――共同体原理を求めて』を書き、横浜の寿地区でのソーシャルワーカー体験で困難な子どもたちと向かい合ってきた加藤ならではの知見でもある。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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